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何でもないとは言いたくない  作者: 日次立樹


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テレビを買いに行く話

 テレビを買いに行く話


 まだ梅雨が明けたばかりだというのに気温は35度を超えていた。真夏のような日差しに焼かれてまだひりひりと痛む肌をさする。店内に入ると効きすぎた冷房に一瞬息が詰まる。喉が渇いていることに気づき、つばを飲み込んだ。

『近年の異常気象は人類への罰なのだ』、とテレビの中で熱弁する活動家は熱が入りすぎて頭から湯気が出そうだ。彼のスピーチを聞いている会場の反応はいまいちのようで、ほとんどの者の表情に現れているのは滑稽な男への冷笑だった。

 隣の大型テレビではバラエティ番組をやっている。最近よく名前を聞くようになった少年アイドルグループが出ていた。そのまた隣の画面ではSNSで人気の男性料理家の料理番組を。

 テレビ。そう、テレビだ。十年以上使っていた実家のテレビが壊れたから新しいものを買うという父のために、休日に郊外の大型家電量販店まで車を出したのだった。

 環境保護を訴える男の右上に『環境にやさしいテレビ CO2排出量削減』と黄色のポップが貼られている。一日中つけっぱなしのテレビ、強すぎる冷房、中身のない冷蔵庫、明るすぎる照明。このド田舎で最も環境に優しくないだろう場所で、薄っぺらな蛍光色のポップがちかちか躍る。

「おい、これなんてどうだろう」

 父が指さしたのはやや小型の薄型テレビで、音質の良さを謳った有名メーカーのものだ。型落ちなのか、値引き表示がついている。

「うん、いいと思う」

 前にあったテレビと同じ場所に設置するのなら、大きさはこれぐらいが限度だろう。並んでいる製品の中では小さいが、実家のものよりは一回り大きい。説明にざっと目を走らせてから頷く。商品番号を確認して値札のついたボックスからカードを抜く。

「何かお探しですか」

 レジに向かおうとすると、電機屋の青いエプロンをかけた男に阻まれた。むっとした私を無視して、店員は父に話しかける。

「いえ、もう決めましたから」

 結構です、と私は手に持ったカードが見えるようにした。店員は私の手から勝手にカードを抜き取った。

「テレビですか、でしたらこちらの2台が今シーズンでは人気でして~」

「いや、大きいのは置き場がなくてね。もう決めたから」

 重ねて父が言うと、店員はカードを父に渡した。


 無事にテレビを買い自宅に配送してもらうよう頼むと父と並んで店を出る。冷え切った体に熱が心地よかったが、熱風が吹き付けすぐに暑さにとってかわられた。

 喉が渇いていたことを思い出した。車のドアを開けて放熱する間に自販機で清涼飲料水を買ってくる。

「いやな人だったね」

「だれが?」

 何のことかわからない、といった様子の父にひそかにため息をつく。父はわりあい先進的な感覚の持ち主であったが、それは単に育ちが良いということであった。父にとって思いやりとは道徳で、まるきり型に填められた正義だった。

 ひたひたと押し寄せる悲しみに胸が張り裂けそうだった。ついさっき私がどれほど馬鹿にされ悔しく思いあなたに頼って泣きたかったことか、この人は永遠に分からないだろう。

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