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 何日かの検査入院を終え、私は晴れて自由の身にーー退院を許された。

 流石に警察組織の幹部が毎日見舞いに来るのはまずいだろうと慶四郎に言われ、退院するまでに悠一と健吾が病室に来たのは一度だけだった。


 無論、まともに取り合ってやるつもりはなかったが、話してみると悠一は性的嗜好が歪んでいるだけで他は割とまともな人間だった。

 あの歪み方は決してまともではないが、趣味の側面に触れなければ常識的な人間に見えるに違いない。

 健吾は私と悠一の会話に口こそは挟んでこないが、時折、自分の上司に侮蔑の視線を向けていた。苦労しているな、可哀想に。


 退院祝いにと慶四郎にはお菓子を、隼人には大量のりんごをもらった。

 いや、別に私、りんごが好きなわけじゃないんだけど......。


 警察はあの大量殺人をまだ捜査しているようだが、現場からも遺体からも犯人を特定するのに繋がる情報は見つからず、既に停滞気味らしい。

 どうやら犯人の痕跡が見つからない上、死因が不明だと隼人が言っていた。

 私を召喚した何者かの仕業だろうと伝えると、彼はやはりとため息をついた。

 どう考えても一個人が成せる業ではなく、現在は組織的な犯行とした上で捜査を進めているらしい。


 被害者と警察の方々には申し訳ないが、私にとっては都合が良かった。

 私は哀れな被害者の一人として片付けられるだろうし、現に私は警察の容疑者候補者リストからほぼ除外されている。


 いずれ真実を突き止めたいとは思うが、当面の目標はこの世界に馴染むことである。

 私をこちらに呼び出した奴が何であれ、そいつの首根っこを捕まえて一発ぶん殴るためには、それなりの財力も、情報も、地位も必要なのだ。


 改めて自己紹介をしよう。



 私の名前はリミナ・カインド。

 王国で生まれ、帝国で育った。私が五歳のとき、王国は帝国に侵略され、両親は戦乱の中で殺された。

 戦争孤児となった私は強い魔力と魔法の才能を見込まれ、帝国魔法学校に入学することになった。

 私を支援金目的で引き取った新しい家族の下で暮らしながら、私は学校を卒業した。必要以上に愛されたり、親切にされたりした記憶はない。


 魔法学校を卒業した頃には、私の魔力は想像を絶するほど強大になっていた。

 帝国は私に従軍するように言ったが、私は固辞した。卒業後は侵略された母国の発展のために働くと決めていたのだ。それにもう二度と、戦争なんかに関わりたくなかった。


「......と、まあこんなものだ。その後、義理の家族に騙されて捕まったんだが、王都を半壊させて逃亡。気が付いたら大陸の真反対の国にたどり着いていて、そこで何年か暮らしていた。ハイ終わり」

「そんな......そんな壮絶な過去が君にあったなんて......!!」


 泣き真似をしているようにも見えるが本人は真面目らしい。ちょっと人より大げさに振舞って見せるのは悠一の癖だ。


「義理の家族に思うところはあるが、一応世話してもらっていたし、教育も受けられたから文句はない。私は他の孤児と比べれば裕福で幸せな方だった」

「それでも、だよ......家族を騙して引き渡すなんて」

「あの家族が私に愛情を抱いていたとしても、きっと匿わなかっただろう。あっちは帝王が全てなんだ」

「まるで中世の絶対王政じゃないか......」


 頭を抱え始めた。情緒の安定しない奴だな。


 今私は”クルマ”に乗って家に向かっている。

 この車という乗り物はどうやら自動化した馬車のようなもので、頑丈で色のついた鉄の車体の動力源は”ガソリン”という聞きなれない燃料のようだった。


 説明を求めると、蒸留だの何だのよく分からない単語が飛び出してきたが、石油や原油とも言っ ていたので、かつて暖炉を使う時に少量撒いていたあの液体の仲間なのだと思う。

 車の窓から外を見ると、色とりどりの他の車が縦横無尽に走っている。

 この男のような上流階級限定の乗り物ではなく、一般庶民にも流通しているようだ。

 知らないもの、聞きたいことが山ほどあった。 けれど質問攻めにして彼を困らせるわけにはいかないので、私は好奇心を押し殺しながら外を眺める。


 向かうは天野邸。


  今日から私はこの男と同じ屋根の下で暮らさなければならないらしい。保護、って......そういうことだったんだな......。


「赤の他人を人間を家に泊まらせるのは、外聞が悪くないか?」

「ああ、それは僕も思って。一応これでも立場ってものがあるからさ。週刊誌とかマスコミとか 超怖いし......」

「おい、私の知らない言葉を使うんじゃない」


 説明を求める。

 なるほどなるほど。

 こちらには国の統制下に置かれていない報道機関がいくつもあるのか。

 それはどうも良くもあり悪くもあるだろうが......。

 しかし、国民のほとんどが新聞を読めるほどの教育を受けているなど、私には到底信じられないことだ。

 なんだか自分が惨めに感じる。


 国の持つ三つの権限に加えて、マスコミとやらは第四の勢力と呼ばれているらしい。民間組織がそれほどまでの力を持っているだなんて驚きだ。


「分かりやすい説明をありがとう」

「ふふん! リミナのためなら一週間説明し通しだって構わないさ」


 鼻につく顔をしてネクタイを緩めた。こいつの顔の良さに比例して、私のイラつきは一層強くなる。


「ああ、それでねリミナ。流石に何の縁もゆかりもない女性を家に連れ込むのはどうなのかって瀬口さんに言われてしまってさ」

「そりゃそうだ」

「戸籍を作ったよ。リミナは僕の異母兄妹さ!」

「異母......なんて?」


 悠一は一息おいた。


「リミナは僕の父親、天野晋助のアメリカ人の愛人シア・カインドの娘。だからアメリカと日本のハーフだね! 母親のシアは元旦那のブランク・フェルトンに刺殺されて40歳没。僕が父親から隠し子の存在を伝えられ、アメリカで一人孤独に暮らしていたリミナを日本で保護して一緒に住むことになったんだ!」


 ......はあ?

 私が、お前の腹違いの妹で? お前の父親の愛人の娘で......その、アメリカとやらと日本の混血だって?


 お前それ......大丈夫か?

 まず父親にちゃんと許可を取ったのだろうか。確実に名誉を損なっていると思うんだが。

 いやいや、私は全然構わないけども。


 むしろ法的にこの男が私に手を出せなくなったのは喜ばしいことだし、親族ということなら誰かに文句を言われることはないだろう。


 しかし、お前の周りはこれで大丈夫なのか? 運転手も半笑いするんじゃない!


「あの......えーっと」

「さあリミナ、遠慮なく”お兄ちゃん”って呼んでくれて構わないんだよ!」

「お前、頭がおかしいんじゃないのか?」


 尚も笑う。

 そうだ、こいつにとって罵倒はご褒美なのか。かといって優しい言葉をかけても喜ぶ。

 飴と鞭の両方が飴ともなれば、この男を本気で傷つけるのは難しいのかもしれない。


 まさか兄という立場から私を保護しにくるとは。

 全く似ていないと思うのだが。

 そもそもこちらの住人は皆髪が黒や茶色だし、目鼻立ちもまるで違う。

 地域が変われば姿形も色彩も変わってくる。私の瞳は茶色でこれは珍しくも何ともないが、ほかの人よりは色が薄い。

 彼は私をアメリカという別の所からやってきたことにしたいのだろう。同じ国の住人を名乗るのに無理があることは、流石の常識知らずの私でも分かる。

 目立つ容姿であることは疑いようもない。


「じゃあ、私は母親がいないのか。お前、父親は入院中だろう?」


 確か悠一は、父親の見舞いのためにあの病院に足を運んでいたはずだ。


「うん。でもすぐに退院できるんじゃないかな。手術も無事終わったようだし」

「それはおめでとうと言っておこう」

「リミナはしばらく会うことはないかもね。元々別に暮らしていたし、もし父さんがリミナと顔を合わせたいっていうんなら連れて行かなきゃいけないけど......」


 ああ、なんだ良かった。了承はとってたのか。

 自分が不倫をしてしかも隠し子がいる、なんて設定、私なら速攻拒否するがな。

 それにしても、普通は嫌じゃないか? 全くの赤の他人が自分の子供の一人として平然と戸籍に名を置くなんて。

 もしかして私が異世界人だということを話した......?


「例の件は話してないよ」


 どんな反応が待ち受けているかと思いきや、悠一は当たり前のように答えた。


「じゃあ、どうやって説得したんだ?」

「リミナの写真見せたら二つ返事で了承をもらえた。流石の僕もびっくり」

「子が子なら親も親だな......」

「そういうの、”蛙の子は蛙”っていうんだよ」


  ......そういえば、運転手にはこの会話が丸聞こえなわけだが、果たして大丈夫なのだろうか。



 ***



 私は一度だけ、城をすぐ間近で見たことがある。荘厳な景色だった。平民の私が決して来てはいけない場所。

 王城の周りは貴族たちの本邸や騎士団の本拠地、研究所で物理的に囲まれており、近寄ることさえままならない。王都に住んでいるとはいっても、私たちは決して高貴な人たちに近しいわけではなかった。

 貴族街の境界線を跨ぐのを許されることが、国民にとって何よりも栄誉なことだった。私には全く理解できないが。


 ただ境界は、ただの線に過ぎなかった。


 拘束されて馬車に詰め込まれた後、私は魔法を研究する施設の地下に閉じ込められた。

 連行される最中、一瞬だけ、窓から城が見えた。



「あ......」

「ん、どうかしたの?」


 彼の屋敷を見て、ついあの時の光景を思い出した。

 まったく似ていないのに、どうして既視感を覚えたのだろう。建築様式はまるで違うし、この屋敷は横には大きいが二階建てだ。


 車から降りてエスコートに従い庭園を抜ける。

 ひんやりとした空気が露出部位に触れて、思わず身震いした。彼の用意してくれた服は可愛らしく 温かかったが足が大きく出ていて、惜しくも私の身体を外気から守ってくれるものではなかった。


「いや、何でもない。良い家だな」

「ありがとう。けど残念ながら、この家は父さんからの成人祝いだから......僕が胸を張って自慢できるようなものじゃないんだ」

「成人祝いでこんな立派な家がもらえるのか......私はせいぜい父の仕事について行かせてもらえるくらいだったぞ」



 羨ましい奴め。

 歩きながら言葉を交わし合う。私が靴に慣れていないことを知っている悠一は努めてゆっくりと歩いている。


「成人? ......リミナ今いくつ?」

「二十歳じゃないかな。多分、先月が誕生日だったから」

「”多分”って......!」


 分かってなきゃ僕がリミナの誕生日をしっかり祝えないじゃないか!などとのたまい始める。


 じゃあ今日が誕生日で良いよ。

 どうやらこちらの成人は二十歳らしく、あちらとは四歳も違うのかと密かに驚く。


 文化の違いを強く感じたのはこれで何度目だろうか。あんまり楽しいもんじゃない。

 屋敷の中は、天国と紛うほど快適で温かかった。

 はあっと小さく息を吐いて、赤くなった膝小僧をこする。元凶を睨むが当の本人は気づいておらず、使用人の一人に声をかけていた。

 ああ、さむかった、さむかった。足の感覚がないぞ。


「悠一様。服の実用性とデザイン性、どちらが大事だとお考えですかな。私は断然、実用性だと思っておりますが」


 変態に苦言を呈したのは、黒い燕尾服に身を包んだ老紳士だった。

 私が彼を”老”紳士だと判断したのは立ち振る舞いや話し方に年季が入っていると感じたからであって、顔のしわや白髪は少なかった。

 実年齢はもっと若いかもしれない。 きっと親しい使用人なのだろう。

 悠一は彼に食ってかかる。


「可愛い女の子が使うんならデザイン性の方が大事さ! あー、今日は晴れるから大丈夫だと思ってたんだけど、生足はまずかったね。リミナ......ごめんね、大丈夫?」

「ああ......まあ」


 寒さにはあまり慣れていない。あちらにも定期的に寒い時期がやってくるが、それは数年に一回のことで、しかもその間はーー農村地域だったら特にーー皆外に出ず家の中にこもりっぱなしだ。外に出るとしても、上下長丈で完璧な寒さ対策をして出かける。

 こちらは寒い中での露出は普通なのか?

 室内の環境が良いからそうなるのも不思議ではないが。


 応接間へ通され、座り心地の良さそうな長椅子を無視して私が真っ先に向かったのは暖炉だった。

 静かに揺れる炎の前にしゃがみ込み、少し慎重に手をかざす。

 あー、あったかい!


 私の家にも暖炉はあったが、こんなに大きくはなかったな。それになんだか......あれ?

 これ本当に火か?


「悠一、これって......」

「あれ、気づいた?」


 くすくす笑いながら悠一は私の隣にしゃがみ、暖炉に手を突っ込んだ。

 すると大きな火は彼の手の甲を貫通し、形が変わることもなく、まるで何事もなかったかのように燃え続ける。彼も熱がる様子を見せなかった。

 自虐趣味ではないようで安心した。これもこちらの技術の一つか。


「火の映像を投影している電熱器(ヒーター)だよ。本物の火を使ったら危ないからね。電気で動いてくれるし、まきもいらないから便利なんだ」

「へえ......」


 私も試しに手を突っ込んでみる。

 中は温かいが、曰く映像である炎を私は触ることができなかった。確かにこれなら小火になる心配はないし、寒い時期に凍えながら木を取りに行く必要もない。なんと画期的な技術だろう。


 映像がなんなのかはちゃんと分かっている。

 病院の待合室でテレビを見せてもらったからな。

 だから多分この暖炉でもリモコンを使えば、あの奇妙な、絵が動く映像が見られるに違いない。


 しばらくしゃがんで温まっていると、扉の開く音が聞こえた。

 先ほどの紳士だった。どうやら飲み物を持ってきてくれたようで、目があった私に微笑みかけると机に私と悠一の分のカップを置く。

 陶器製のティーポットから紅葉色の液体を注ぐ彼を見ながら、私はゆっくりと椅子に腰掛けた。


「ありがとう」

「いえいえ。悠一様がご迷惑をおかけいたしましたね。申し訳ございません」

「霧島......僕、アールグレイが良かったな」

「消費期限が近いのでこっちが優先です」

「僕で消費させないでよ」


 良い香りが鼻腔と部屋を満たす。

 きっと良い茶葉に違いない。昔一度だけ、父に連れられて取引先の茶葉園へ行ったことがある。


「さて、改めまして」


 黒服の紳士が右手を胸に当てて私に小さくお辞儀をする。


「私はこの屋敷の執事長を務めております。霧島と申します。もう一人使用人がおりますが今は渡英しておりまして。そちらは後ほど紹介させていただきます」

「丁寧にありがとう。紅茶、とても美味しいよ」

  「お褒めに預かり光栄です」


 きりしま、キリシマ、霧島......。 こちらの名前はやはり奇妙だな。妙に四文字が多いし、姓名を逆に言うし、種類も多くて統一性があまりない。

 強いて言うなれば自然にまつわる名前が多いな。”石”とか”森”とか、確か悠一の苗字は”天野”だったな。

 私の”カインド”という姓は、父が言うには隣国にある大陸で一番大きい山、カインディアに由来するらしい。まあ、そう考えれば似たようなものか。


「リミナ、”渡英”っていうのはイギリスに渡ることをいうんだ。イギリスは先進国の一つで、 紅茶の産地だよ」

「へえ」

執事(バトラー)はイギリス発祥の使用人文化です。私も二十代の頃に一度あちらで修行を積んでおります」

「それは凄い。ではこの紅茶も霧島の立ち振る舞いも、本場仕様か」


 通りで美味しいわけだ。

 そのイギリスとかいう国がどんなものかは知らないが、きっと彼のような紳士が闊歩している美しい土地に違いない。

 悠一、お前も何年かかけて修行に行ってきたらどうだ?

 少しはその性癖も緩やかになるんじゃないか?


「あ、そうだリミナ。霧島はリミナのことを知っているから」

「......というと?」


 なんとなく察しはついた。

 妙に喉が渇いて紅茶を飲み干すと、お代わりを頼んだ。手馴れた仕草で紅茶をカップに入れなおす彼を見ながら、悠一は口を開いた。


「だから、リミナが異世界から来たってことをだよ。身の回りの世話をしてくれる霧島を誤魔化し続けるなんて不可能だし、彼が知っていた方がリミナも楽かなと思って。もしかしてまずかったかな」

「いや。一々説明する手間が省けて助かる」


 いずれ露呈するんだ。早い方が良い。

 それにしてもよく信じてもらえたな。私の周りの人間は実際に魔法を使って見せてようやく信じたっていうのに。

 もしかしたら内心どこか冗談だとでも思っているのかもしれないが。

 聞くに、あの運転手は私がただならぬ娘である、ということは聞かされているらしい。


 天野家は代々 警察幹部や官僚を多く輩出している家系で、仕える使用人も口が堅く長年勤め上げている者が大半であるようだ。

 天野邸の使用人は現在五人。霧島と運転手、護衛二人、そして庭師だ。庭師は週に一度訪れるようであまり会う機会はないようだが、もし顔を合わせたら挨拶をしてほしいと言われた。


  霧島のいう通り、もう一人いる家事使用人(ハウスキーパー)は現在留学中で、帰国は再来年になるとのこと。

 よく霧島一人でこの大きな家を切り盛りできるな。これからは私も世話になるし、手伝えることは手伝わないと。


 ひと段落ついて、私は天野邸の内部を案内してもらうことになった。 私たちがいた応接間を出て、厨房、談話室(サロン)、客室、客室、客室......どうしてこんなにも客室ばかりがあるのだろうか。

 一階には生活必需用品が揃った倉庫があった。そちらの管理は霧島が行っているようなので、私が出入りする場合は逐一許可をもらわなければならない。


 一番驚いた施設は図書室だ。

 小さいものだったが、あるだけで凄い。本はあちらではとても貴重だったし、国営の図書館が片手の指で足りる程度あるくらいだった。

 私の役に立ちそうな本を取り寄せてくれたようで、部屋の隅には未開封の箱が積まれていた。


 悠一の書斎と自室にも案内されたが、中にまでは入れてもらえなかった。

 どうやら見られたくないようで、霧島は「またですか」とため息をついていた。

 門外不出のものか、彼の恥ずかしい何かか......見ない方が精神衛生上良いような気もする。


 私のための部屋にも案内された。

 最初に通された応接間の倍は広い。

 天蓋付きの寝台(ベッド)や大きな衣服棚(クローゼッ ト)、鏡台、本棚、机などなど。天井は高く、真上には豪華なシャンデリアがぶら下がっている。

 うん、多分あれが落ちてきたら死ぬな。


 部屋は白や淡い桃色で統一されており、実に清潔感のある綺麗な部屋だった。

 寝台の真横には大きな窓があり、カーテンが開いたガラス窓から庭園の様子が見えた。

 悠一を見ると、どんなもんだと言わんばかりのしたり顔だ。


「気に入った。良い部屋だ」

「でしょ! リミナの好みが分からなかったから、とりあえず霧島に丸投げしたけど」

「気に入っていただけたようで何よりです」


 窓に近づいて外を見る。


「あっ......!」


 ぱらぱらと、風に乗って白い粉が降っていた。よく見れば木々の頭には白いものが積もっており、それは段々と勢いを強めていく。


「雪だ......」


 これを見たのは何年ぶりだろう。


 王都に住み始めるずっと前、小さな町で一度だけ見たことがある。あの時はすぐに止んでしまってここまで強くはなかった。

 それに暖かい地域に住んでいたから、雪自体珍しいものだったのだ。

 思わぬ出会いに私は目を奪われる。


「ほら、これに座って」


 悠一は窓辺に椅子を置いてくれた。

 礼を言って腰掛けると、私はまた雪に魅了された。


 今日この日、私の異世界生活が始まった。



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