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 帝国からの逃亡生活が、ついに五年目を迎えようとしていた。


 私の力を利用しようとする人間は後を絶たないが、それでも、助けを求める私を放っておいてく れない、お節介で優しい人々もいる。 私はそんな彼らに甘えて、戦火の恐怖と束縛を忘れ今日までしぶとく生きてきた。

 魔法は便利だが、私の人生はこれに振り回されてばっかりだ。

 生まれ持った膨大な魔力は、たった一滴の雫を垂らそうものなら大洪水を引き起こしてしまうほ ど強力で、制御は精神をも蝕む。 帝国はこの魔力を兵器として利用しようとして、私を捕らえた。魔力を抑える装置をつけられていたが、私の力は留まるところを知らず波打ち溢れかえり、王都を半壊させて逃亡を助けた。疎ましい力だと思っていたが、この時ばかりは感謝したものだった。


 それから、そう。五年の月日が過ぎた。

 私は今、帝国から遠く離れた国にある過疎高齢化の進んだ農村、そこのかけがえのない住民の一 人となっている。追っ手はあれから一度もない。

 村人達は優しく、全くの余所者である私を受け入れてくれた。私は自分の出生を話したことはな いし、目の前で魔法を使って見せたこともなかったが、彼らは無理に聞き出してこようとはしな かった。 訳ありの人間が田舎の農村へ逃げ込んでくるなんてよくあることで、私が移住してからも二人の住人が増えた。


 帝国王都半壊事件は有名だ。

 近くの町まで馬車で三日もかかるこの村の住人でも知っているくらいなのだから、きっとどこへ行っても皆が知っているのだろう。

 流浪の旅人に聞いた話だと、あれは魔物の仕業として処理されたようだった。あの国にはもう、

 私を捕らえようなどと考えるような粋狂者はいないだろう。

 戻って私を売った義理の両親に一声かけてくるのも面白そうだが、流石に無謀か。 そもそもどうやって大陸の真反対にあるこの国まで来たのかも覚えていないし、魔法を使わずに帝国へ行くにしても馬車で半月はかかる。

 そこまでして帰るほど、未練のある地でもなかった。



 よし、今日は森に薬草を採りに行こう。

 村には医者がいるがかなりの年配で、もう薬を仕入れに町へ行ったり、森へ材料を採りに行った

 りできるほど足腰がしっかりしていない。

 だからよく薬草採集の依頼を医者から受けていた。


 私は土地を持っていないから、食べていくためには誰かから報酬をもらって働いて稼ぐしかな

 い。だから何でも屋として村の人たちのお手伝いをしている。

 動きやすい服を身にまとい、麻紐でブロンドを括って、カゴを手に持ち森へ出る。

 この森は人里に近いこともあって魔物が少なく、自然豊かで美しい。

 私は以前見つけた魔力が溜まった場所へ行くことに決めた。魔力溜まりは主に死んだ魔物の残滓

 だ。

 魔力溜まりには良質な薬草が生えやすい。

 そこで私が魔法を使おうものなら、私の魔力と空気中の魔力が結合してとんでもない大災害を起こしかねないから、少々注意は必要だが。それを抜きにすると、これまでにないほど良い採集場所だ。


 しばらく歩いてそこへとやってきた。

 泉の周辺がそれだ。 私は注意深くその周囲を歩いて、目当ての薬草を探した。

 今探しているのは傷薬に使えるダンシダ系の薬草でーーああ、あったあった。

 私は根元から薬草を抜き上げ、カゴの中にひょいと投げ込んだ。それから五本ほどみつけて休憩を取ることに。ここまでそれなりに歩いたから、少しくらい休んだってバチは当たらないだろう。

 泉に近づき、カゴをおいて両手の器で水を飲む。冷たい液体が喉を通り、身体の奥へ染み込んで いく。口から溢れた水が服に染み込んだが気にしない。


 ふと森の方を見ると、奥で何かが光っているのが見えた。


「......なんだろう」


 立ち上がり、手ぶらでそこまで歩いて行った。村の医者によると洞窟の中にはよくヒカリゴケというものがあり、暗いところで淡く光るらしいが......ここは洞窟じゃない。

 怪訝に思い眉を顰め、私は少し緊張しながらも足を進める。

 段々と光が強くなっていく。

 これはーー


「魔法陣か」


 驚いた。

 もっとよく見ようと、薄めた目を無理やりこじ開けた。

 存在こそ広く知られているが、魔法陣を使う者はそうそういない。

 術者がその場におらずとも作動させることができる上、持続性があり強力だが、その分、体力と魔力を根刮ぎ持っていかれる。

 並の人間ならば、草を生やす魔法陣を使うだけでぶっ倒れてしまうほどだ。


 それに考古学の教養がある貴族でなければーー魔力の量や資料、材料の関係でーー魔法陣など使えるはずがない。それにしても、何故こんな所にこんなものがあるんだ。前に来た時は見なかったぞ。


 この国で魔法陣の話を耳にしたことはない。帝国だけの過去の遺物ではないが、片田舎の辺鄙な森の奥に人為的な痕跡があるのは妙だ。

 どれ、少し触って......いや、止めておこう。

 生物が触れたら起爆するなんて仕掛けだったら厄介だ。 物好きなお貴族様が何十年も前に残した負の痕跡だということにしておいて、無視してさっさと帰っ た方が良い。


 踵を返し、村へ戻ろうという意志を抱いた瞬間、背後の魔法陣が目にも止まらぬ早さで広がり私を包み込んだ。


 まるで、私を帰さんとばかりに。


 ーーまずい。

 走り出そうとしても足が動かない。

 魔法を破ろうと手をかざそうとしても腕が動かない。油断の隙間をくぐり抜け、魔法陣は次々と数を増やして私を覆い隠す。 辺り一面が魔法陣で埋め尽くされた頃には思考も低迷していた。

 炎よりも、太陽よりも強い、赤い光が私を包み込む。


 まさか帝国の仕業か?

 いや、そんなはずは......。


 私、は......ああ、もう意識がーー


 やがて鈍器で頭を殴られた時のように視界が黒く染まり、全身に重圧がのしかかった。


 この時の感覚は、どこかで覚えがある。

 地面に倒れ伏した冷たさと知らぬ男の高笑いを最後に、私の意識は途絶えた。


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