第三章 Ⅰ
第三章
Ⅰ
時は遡る――。
楽人は小さな祠の神様だった。何か大きな力を持っているわけではなかったが、長くその地に住み着いていた。
毎日祠の上に座って空をぼーっと見上げる。何もしたいことがなかったのだ。
昔は、人が来ていたけどなー……。
神様と言っても、地元の人が知っている程度だ。来る人だって顔を覚えてしまうほどに少なかった。
ぼーっと空を見上げ続けて、何年経っていたのだろうか。彼は自分の力が失いつつあるのを感じ取った。本来の名も次第に思い出せなくなっていた。
やることも、やりたいこともないし、このまま消えるのもいいかもな……。
自分の掌を見つめながら、ぼんやりと思う。
神様は人から忘れられると、力を失うと聞いたことがある。人が来なくなって、だいぶ経っている。自分にもその時が来てしまったのだろう。
けど、何も感じなかった。恐怖、不安、後悔……そんなものは全く起こってこなかった。
自分の中にあったものは、虚無だった。
彼は毎日力が弱まるのを感じながら空を見上げ続けた。空いっぱいに広がる青の時も、どんより灰色の時も、空が泣く時も、空が冷たく自分を凍らす時も。どんな時も気にせずに空を見上げ続けていた。
俺は、いつ消えるんだろう。俺は、もともとどんな奴だったっけ……。
ぼーっとしているはずなのに、何かしらを考えてしまう。その考え方が、本来の自分と真逆だとは気付かずに――。
そんな時、自分の耳に届いた声。
「なにしてるの?」
視線を下へと向ければ、少年が一人こちらを見上げていたのだった。