第二章 Ⅲ
第二章
Ⅲ
無我夢中だった。その間だけ、頭の中は空っぽだった。
楽人に言われたことも、自分のことも、どうしたいのかも、何もかも頭の中にはなかった。
見慣れた道を走り抜け、知らない場所でも足を止めることなく、ただただ走るだけ。
雪時は走り続けた。下を向いて、誰かにぶつかりそうになることもあったが、止まらなかった。すんでのところで避けて、ただ足を動かした。勝手に動いていた、が正しいかもしれない。
そうして、しばらくして体力が尽きた。ゆっくりと荒い息を落ち着かせながら歩き続ける。足は止まらない。何も考えていない時間を一秒でも多く作っていたかった。
ゆっくりと歩いていれば、自然と視線が上に向いてくる。見えてこなかった景色は、たくさんの情報となって自分に押し寄せてきた。そうして、ゆっくりと見回して――。
「ここは、どこだ……?」
初めて来た場所に戸惑う。荒い息がだんだんと落ち着いてくる。自分の気持ちも自然と落ち着いてきていた。
どこかは分からないが、河川敷に来ていた。そこは静かで、ほとんど人も通っていない。時折、ランニングや散歩をしている人が通っていくだけだ。河川敷には見向きもしない。
雪時は、川の近くまで移動し腰を下ろした。そのまま足を抱え込んで膝に額をくっつける。
「……しまった、携帯」
戸締りはしてきたのに、携帯電話を忘れてきてしまった。ここがどこかを調べたくても、調べることはできない。
「くっそ、あいつの、せいだ……」
しかし、雪時は怒りを忘れていた。今の状況には腹が立っているが、言われたことにはもう怒りが収まっている。むしろ、雪時は落ち込んでいた。
馬鹿だな、俺……。自分と性格が違うことなんか、ずっと前から知っていたのに。怒りに任せて言いたいこと言って、飛び出して……子どもかよ。
溜息が出てくる。自分が情けなかった。
楽人に言われたことは、正しかった。図星だったのだ。だからこそ、怒りが湧いた。
「……俺の、せいだよなあ。俺が悪いんだよな……」
きっかけは楽人だった。しかし、雪時が言い返したのも、好き勝手に言ったことも事実だった。
その時、気がついた。いつも一緒に行動しているはずの楽人が隣にいないことに。
「……なんだよ、別々に行動できるんじゃないか。一緒にいなくても、いいんじゃ、ない、かよっ……!」
雪時はわけが分からなかった。
何故、今寂しいと、楽人がいないことが心細いと思うのか――。
気がつくには、もう少し時間が必要のようだ。