第二章 Ⅰ
第二章
Ⅰ
帰宅した雪時は、一人暮らしの静かな箱に音を響かせる。
「ただいま」
誰もいない空間ではあるが、習慣となっているそれは空間を明るくした気がした。
雪時は手を洗った後、冷凍庫を開ける。
「帰ってきて早々それ食うのかよ」
「うるさい。暑くなってきているんだから、食べたくなるだろ」
雪時が冷凍庫から出したのは、アイスだ。コンビニやスーパーでよく見かける、片手で食べられる飲むアイスだった。雪時はこのシリーズが好きである。
食べながらあれこれと動いていると、急にもう一人の自分が話しかけてくる。
「そういやさ、名前つけてくれよ!」
「……は?」
唐突な内容に雪時は眉をひそめた。何を言っているんだ、と見つめてみれば、彼は「だってさー」と続ける。
「いつまでも名前がないとか嫌じゃね?」
「ペットか何かか」
「お前だってそうだろー、名前がなくておいとか、お前とか呼ばれるの嫌じゃね?」
「現在進行形でお前と呼ばれているし、まずそう呼んだことはない」
「だって、お前主語とかないし、まず俺に話しかけてくることがないじゃん」
「よく分かっているな。じゃあ、不要ということも分かるだろ」
雪時がそう返せば、彼はぶーぶーと文句を言い、不満をつらつらと告げ始める。最初は無視をしていたが、我慢ができなくなった雪時は、小さく呟いた。
「……楽」
「は?」
あまりに小さい声だったからか、彼には聞こえなかったようだ。雪時はため息をついてもう一度告げる。
「楽観的過ぎるから、楽。これでいいだろ」
「えー、簡単すぎ。……あ、じゃあそれに人ってつけて、楽人はどうよ? 楽しい人って、最高じゃね?」
「……結局自分でつけるんじゃないか。面倒な」
雪時は頭を抱えた。それから自分の手元にあるアイスのパッケージを見つめる。そこに書いてあることに妙に納得した。
「なるほど、お前にぴったりだな」
「だろ?」
「こいつと一緒だ」
楽人に雪時はアイスのパッケージを見せる。そこには、「ラクトアイス」と記載があった。
「ラクトアイス?」
「……ラクトアイスはアイスクリームにはなれない。お前も、人間にはなれないんだろ、違うか?」
楽人は黙った。雪時は探るような目つきで彼を見つめる。
「同じラクト同士、気が合うんじゃねえの?」
「……まーたそういう意地悪言う! 雪時は本当に構ってほしいんだなー、うりうりー」
「寄るな、鬱陶しい」
楽人は雪時を今日も構う。ある感情を押し殺して――。