JAD-073「今を、生きる」
「……あれ?」
疑問の声に、答える人はいない。
私一人の声が、部屋に響く。
部屋といっても、ベッドと机、クローゼットがあるだけの殺風景なもの。
クセのついたベッドに、使い古した毛布。
薄暗い部屋に、窓からうっすらと陽光がさしている。
夕日……だろうか?
「何を……ああ、帰ってきてゲームをやるところだったっけ」
机に置きっぱなしの、ヘルメットのようにかぶる形のゲーム機。
いつもやっているように電源を入れ、安全な姿勢で座り、かぶる。
さあ、いつものようにゲームを……。
ロード画面を見つつ、ふと思い出した。
部屋にあるあれこれが、今の私には合わない大きさだったような?
私は、誰だった?
「私は……」
そんな思考に、もやがかかるように妙な眠気。
逆らうことができず、そのまま身をゆだねた。
「レーテ、起きてください」
「はっ!?」
聞き覚えがあるけど、記憶にない声。
体を起こした私の目に飛び込んできたのは、殺風景な部屋。
机と、クローゼット、そして大きなパネル型のモニター。
そのそばに、人形がたっていた。
金属的な姿で、人形というよりロボットといった様子。
「昨日の依頼、疲労が抜けませんか」
「えっと……大丈夫。少し夢見が悪かっただけよ」
弱みを見せるようで、妙に気恥ずかしかった。
渡される上着を羽織り、ベッドから起き上がる。
机に置かれた装備一式。
銃に、刃の無い剣、ああ、そうだ。
私はこれが剣だと知っている。
フリーの傭兵、ライフレーテ・ロマブナン。
宝石の力を引き出す特別な機体を駆り、紛争や討伐に身を投じる身分。
それが私、私のはずだ。
「大丈夫よ。今日も稼ぎましょう」
「問題ないのならいいのですが……今日はこのような依頼が来ております」
サポートに購入した、最新型の執事ロボ。
買った甲斐はあり、色々な細かいことに気が利く。
あえて言うなら、少女型がよかったけど仕方ない。
並ぶ依頼の中に、目を引くものがあった。
「始まりの場所を確保? どういうこと?」
「さあ、そこまでは提示がありませんで……」
依頼内容を読めば読むほど、わけがわからない。
でも、わかることもある。
それは、目的地が普段は立ち入り禁止の場所だということだ。
座標まで確認して、その正体に気が付く。
この星に、隕石が落ちてきた場所。
地面にぶつかる直前に、なぜか減速してぶつかった場所。
そこから、すべてが始まったとされる場所。
「受けるわ。他はスルーしてちょうだい」
「わかりました。では出立の準備を」
どこか高揚する気持ちを抱きつつ、外に待機させている機体へと向かう。
石の力を引き出して戦う、人型兵器へと。
目の前に立ち、見上げる。
その背後には、立ち並ぶビル群。
道路がジャングルのように絡み合い、隙間に見える空には飛ぶものがある。
「今日もよろしくね……? あれ?」
愛機であるロボ、その姿に首をかしげる。
こんな姿だっただろうか? もっとこう、空を飛ぶためのブースターも増設されていたような。
そもそも、私は何のために傭兵をしている?
ほぼ敵なし、好きなように生きていいぐらいなのに、なぜまだ稼ぐのだ?
「私は……」
何も問題ないはずなのに、妙に息苦しい。
私であって、私じゃない。
現実であって、現実じゃない。
ここは、私は……。
うつむき、息苦しさに体を抱えるようにしゃがみこんでしまう。
そんな手の中に、光るもの。
「これは……」
光を放っていたのは、石。
鶏卵ぐらいの大きさの、何の変哲もないクォーツ、水晶。
大した力もなく、価値もそう高くない。
でも、いつ手に入れたものか、はっきりと覚えている。
「そうね。あの子と最初に仕事をして、手に入れた報酬」
口にして、妙にしっくりきた。
とたん、息苦しさが消え去り、周囲も変化していく。
絵の具が溶けるように混ざり合う色、景色。
そして、全部が混ざり合い、真っ白に。
「再調整はごめんだわ。私は、今の私として生きる!」
白い光の中から、何かが手を伸ばしてくる。
それを回避しつつ、走り出す。
目には見えないけど、こっちだ。
「あんたたちがどんな目的で作ったかなんて、今の私には関係ないっ!」
しつこく追いかけてくる何かに、右の手のひらを向ける。
左手には、先ほどのクォーツを握りしめ。
「消えなさい!」
まばゆい光が視界を埋め尽くし、何かを押し流すのを感じる。
「ふう……」
「う……レーテ?」
視界が戻った時には、私はポットにもたれかかるような姿勢だった。
周囲には、無数のケーブル類。
そして、すぐそばにカタリナが倒れていた。
「ただいま。なんとかなったわ」
「なら、よかったです」
カタリナを助け起こし、いまだに光を放つ石がある場所を、見つめるのだった。




