表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/278

JAD-006「生きるための力」



 タンセの街は、降ってわいたような好景気にざわついていた。

 その原因は、私たちにある。


「他にもあるかもって……実際にあったんじゃこうもなるわね」


「規模は、だいぶ小さかったみたいですけど」


 お茶のおかわりを出してくれるカタリナに頷きつつ、目の前の男性、カインを見る。


「内壁パネル1枚でも、今じゃ再現に物凄いお金がかかる物ばかり。複数チームで頭割りしても黒字さ」


「そんなものを、まだ隠し持ってる悪い商人さんは、何か御用ですか?」


 ここは彼の運営する会社のオフィスだ。

 大量の残骸と、倉庫跡から掘り出したちょっとしたブツの保管場所でもある。

 表向きには、そうなっているということだけど。


「まさか、あれだけの完品が一度に手に入るとはね。周囲の相場が崩れきってしまうよ」


「ええ、そうでしょうね」


 少し心配していたのは、捌ききってからでないと報酬が出せないと言われることだった。

 けれど、彼は売りさばく予定の単価を示し、それでよければと先に支払ってくれたのだ。

 もちろん、ラストエイトのコアである宝石類は私が貰った。


 拳ほどはありそうな、ペリドットのカット品だ。

 大きさ的に天然石ではないだろうけど、十分な力がある。


「専属契約を、と言いたいところだけど、君たちにはそれは通じないだろうなと思ってね。連絡を貰えれば、優先して買い取りに行くことと、補給の都合をつけるぐらいではどうかなと」


「お得意さまってことね。ええ、それでいいわ。場合によっては、すぐに別の土地に行くかもしれないし」


 ビジネスライク、それでいい。

 私はどこかにやとわれる気は今のところ、まったくないのだ。


 愛し愛され、なんていう男女の関係も、今はどうかな。

 カタリナと二人、荒野を駆けている方が気楽である。

 カインと別れ、町中を歩きながらそんなことを考えていた。


「レーテ、甘味のお店がありますよ。そこそこしそうですけど」


「砂糖が近くで作られてるのかしらね? いいわ、食べて見ましょ」


 まるで姉妹のように一緒にいるカタリナが……一緒にいて居心地がいい。

 もし、もしも彼女が人間になりたいと願うのなら、私は……。


「レーテ?」


「ううん。ちょっと町を見てただけ」


 微笑みながら、合流。

 お店で出していたのは、クレープのようなものだった。

 文化が失われていないことに、妙な感動を覚えつつ、食べ歩き。


 こんなことすら、出来ない人が確実にいることに、心のどこかが悲鳴を上げる。


「しばらくゆっくりしますか?」


「それもいいわね。貧乏暇なし、とは昔から言うけれど……」


 今ぐらいなら、いいかな?とも思うのだった。

 宿に帰る気分にもならず、2人で町を散策する。


 見かけるのは今から出かけるだろうジュエリストや、ジュエルアーマードを持たない人々。

 あるいは、畑に行くだろう人や、町中で仕事をする人等。


「平和って、大事よね」


「私が産まれたのは、大戦末期ですから……。あこがれです」


 そっとカタリナの視線が伏せられる。

 そういえば、ゲームでもそんな設定だ。

 各地のライブラリで、大戦までの情報は得ることができた。


 この前の機体も、その時に見たことがあるし、模擬戦相手にもいたのだ。

 運用は間に合わなかったカタリナが、知らないことがあるのも無理はない。


「まあ、ほんの少し、平和というには騒々しいけど、ね」


 一歩間違えれば、どこの世紀末物語だって状況だけど、今は大丈夫。

 人間は、確実に今を生きている。


「っと、マーケット?」


「みたいですね。お野菜も売ってますよ。雑貨もたくさん」


 角を曲がると、騒がしさと共にたくさんの露店が現れた。

 薄れた記憶の、スーパーなんてない土地の市場の様だった。


 元男と言っても、買い物は嫌いじゃない。

 むしろ、こういう場所は宝さがしみたいでワクワクすると思う。


「良いものあるかしら」


「見て回りましょう!」


 同じく、テンションの上がったカタリナを引き連れて市場へ。

 時折視線を感じるけど、仕方のないことだ。

 自分で言うのもなんだけど、小柄な少女2人なのだ。


 ナンパの1つは寄ってくるし、嫌な視線もやっぱり、ある。

 と言っても私はジュエリスト、腰には見てすぐわかるように銃も添えてある。

 一通り見て回る頃には、周囲にもただの小娘じゃないことは、認識してもらったみたいだった。


 と、そんなとき。露店と露店の隙間に、小さなござだけの場所を見つける。

 店番も、小学生ぐらいの小さな男の子だ。


「レーテ、あれ」


「ええ。珍しい事じゃないのかもしれないけど……」


 自分で磨いたのだろうか? 石英の塊や、ちょっと装飾品にと思えるような石たち。

 とはいえ、この世界ではまともなお金になることはないだろうと思えた。

 石英は消耗品だし、装飾品にお金を使うような余裕はあまりないだろう。


「見せてもらってもいい?」


「え? う、うん!」


 そんなお店に、私は駆け寄っていた。

 カタリナの呆れたような視線が背中に刺さった気がするけど、スルー。

 私はこういうのを、放っておけないのだ。


「アナタ1人で?」


「そうだよ。父ちゃんはなかなか帰ってこないし、母ちゃんはちょっと……寝てるんだ」


 店の前にしゃがみこみ、様子を窺えば暴力の跡はない。

 となると、病気とかそういうのかな?


 施しにならない程度に、何か買って……んん?


「ねえ、これ拾ったのはどこ?」


「秘密。飯の種だよ」


 それもそうである。

 れっきとした宝石、まだ磨く前の原石だけど……十分使える。

 こんなというと失礼だけど、小さな子が売るには少し心配なクラスだ。


「おいチビ。まだ店やってんのかよ」


 交渉のような話をしていた私たちを、邪魔する声。

 どこかの世紀末、とは言わないでも結構な格好だ。


「俺の勝手だろ!」


「そうもいかねえ。金は出来たか?」


 男の言葉に、口ごもる少年。

 なるほど、そういう関係か。


(となれば、私は私の道を行く)


「それは……その」


「返す当てがあるのか?」


 そうして男が告げた金額は、確かに普通には大金だ。

 あくまでも、普通なら、だけどね。


「お兄さん、いいかしら」


「なんか用……おい」


 差し出されたカード、支払いによく使う電子マネーが入ったカードだ。

 紙幣の信用価値がなくなったこの世界じゃ、硬貨かこれがメイン。


 発掘された旧文明の遺産を使っているらしく、各地で使われている。

 あちこちの臨時政府やらも、同じ規格を使っているのが救いだ。

 そして、そこに表示されている金額は……。


「気まぐれよ、構わないかしら?」


「俺は金が入ってくりゃなんでもいいよ。おい坊主、姉ちゃんに感謝するんだな」


「え? ええ!?」


 ヒラヒラと、マネーカードを見せながら去っていく男。

 案外、そんなに悪い人じゃなかったかもしれない。


 少年に振り返れば、ようやく事態を飲み込んだみたいだった。


「お、俺」


「別に何かをしろっていうつもりは無いわ。気まぐれよ」


 言いながら、気にしていた宝石の原石を掴み、光にかざす。

 うん、やっぱり天然物だ。


「ねえ、アナタ。仕事する気はない?」


「またレーテの悪い癖が始まった……もう」


 失礼なカタリナの声を受け流しながら、少年に話を持ち掛ける私。

 カインも巻き込んで、一稼ぎしないかという……ちょっと悪いお話を。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ