JAD-041「一人ぼっち・後」
「このっ!」
汚れ切ったマネキン。
そう表現するしかない姿の人影がとびかかってくる。
回避しつつ、妙に長い腕へと切りつければ、手ごたえ。
焦げるようなにおいをお供に、黒い棒状のようになって床に転がる……腕。
「斬れるなら!」
『アッ…』
こちらに振り向くより早く、刃を横薙ぎ。
首を切断し、一体目を沈黙させた。
その間も、カタリナの射撃が残りをけん制している。
じっくり観察する暇もなく、私も切りかかった。
不思議と、肉が焼けるにおいはしない。
するのは、何かこう、オイルを燃やした時のようなものだった。
「先にここに入った連中かしら……」
「たぶん、そうだと思いますけど……これは」
混乱して襲い掛かってきた、なんてものじゃない。
どうにか倒した相手は、床に倒れ伏したまま動かない。
改めて確認すると、一番近いのは……ミュータントだ。
獣でも、人間でもなく、別種の生き物。
「放射線でも、出てるのかしら……」
「センサーにはそういうのは何も……いえ、何か反応が……」
復活してこないかとひやひやしつつ、周囲をうかがう。
すると、わずかな浮遊感と音。
どうやら、エレベーターが停止したようだ。
「開く……隠れましょう」
大きな扉、格納庫の障壁のような部分が開いていく。
慌てて近くのコンテナに隠れ、様子をうかがう。
見えてきたのは、灯りのある空間。
巨大な売り場から、棚なんかを全部どかしたような空間だ。
無数のコンテナ、そしてうずたかく積みあがった石らしきもの。
動いていない重機、そして……壁の機械群。
「集積場兼作業場って感じかしら」
「そうですね。さらに地下がありそうです。原石とかを掘り出して、搬出する場所みたいです」
近くに見えるだけでも、透明感のある水晶がゴロゴロしている。
燃料としては、最高の部類だ。
適当にリュックに放り込む。
一番気になるのは、壁際の巨大な機械群。
私の記憶が確かなら、ああいうのはこの場所の管理をするためのものだ。
光っているということは、電源が来ていて生きているということ。
「……? 人間?」
「私にも、見えます」
そんな機械群のそばから、1人の男性が出てきた。
先ほどの妙な相手のように黒くはなく、正常な姿。
「だ、誰か来たのか?」
声も、普通だ。
おびえた様子で、問いかけてくる。
このまま黙っていても変わらなそうと思い、一歩踏み出した。
「女? 誰でもいい、助けてくれ」
「助ける? エレベーターにいた黒い奴ら?」
「黒い? あ、ああ。そいつらもそうだが、この首に刺さったのをどうn……」
途中で、男が硬直するように立ち止まった。
目も虚ろ、口を開きっぱなしで……。
「レーテっ!」
「うそでしょっ!」
何度目かの叫び。
私とカタリナの見つめる先で、男の首から無数の配線のようなものが飛び出し、男の体に突き刺さった。
「あっ、あっ……やめ……たすけ……」
まだ自意識はあるようで、虚ろだった瞳に輝きが戻る。
恐怖と、絶望が混ざった光が。
『ユーザー、どうしたのですか。命令を……命令を……』
その場に、私たちと男以外の声が現れた。
機械群から浮き出るように、金属部品の塊でできた人影。
管理AI兼警備機械、といったところか。
「俺は客でも従業員でも……ああああっ」
『ずっと在庫を用意していました。取引を……取引をををををを』
距離をとった私たちの見つめる中で、部品の塊が男に語り掛ける。
そして……。
『ID提示なし。不正侵入者と判断。再利用します』
「うぎゃあああああああ!!」
「……撤退っ!」
ようやく気持ちが戻ってきたところで、叫ぶ。
2人してエレベーターに戻ると、レバーを操作。
ガクンと揺れ、動き出すエレベーター。
ここはもう封印、それしかない。
あの……おそらく管理AIは壊れている。
長年、誰の命令もないまま、停止されなかったのだ。
「ああはならないようにしないと……」
「私も、レーテと出会わなければ……っ!」
手にした軽機関銃を扉に向けるカタリナ。
そこには、何かがいた。
「あの距離で走ってきたっていうの……?」
『いらっしゃしゃしゃいませ。損はさせませせせん。商談ををををを』
「今日は冷やかしなんですよ!」
弾丸を節約してる場合ではない。
とにかく打ち込んでいくが、どうも効いている気配がしない。
「金属を吸収してる?」
「っぽいですね。でも衝撃は吸収できないはずっ!」
言葉通り、ダメージは受けていないものの、衝撃で吹き飛んだりはしているようだ。
上昇していく中、追いかけっこのようなものが始まる。
「このままじゃ……やるしかないか」
「レーテ? 危険です! 戦いながら遠距離操作なんて!」
「今やらずに、いつやるのよ」
リンクの切れていないブリリヤントハート。
入口付近で停止させたはずのそれを、起動。
立ち上がらせ、ライフルを構えさせる。
「ダイヤとルビー……ダブル起動。チャージ開始」
壊れたAIの宿った人影が迫ってくる。
その体には、先ほど取り込んだらしい男の顔。
どうやら、黒い奴らは不要になって吐き出されたということのようだ。
『ユユユユ、ユーザァァァァアア!!』
「ええいっ! しつこいっ!」
とっておきの手りゅう弾を投擲、コンテナに隠れたところで炸裂。
相手が吹き飛んだところでスターエンゲージソードの動力源も交換。
パワー重視の、ジルコン原石だ。
「足を止めるっ!」
カタリナの援護を受けつつ、相手の両足を切断。
どうにか離れたところで、エレベータが止まる。
「行きましょうっ!」
「もちろんっ!」
2人して駆け抜けるが、敵もそのままでは終わらなかった。
両手だけで、移動してきたのだ。
「どこの怪談よっ! 照準……よし、チャージ完了! カタリナ、曲がらなかった方へ!」
「了解っ!」
選ばなかった分かれ道のほうへと飛びこむ。
瞬間、通路を光の波が襲う。
『アアアアアアアアアア!!』
5メートルも離れていない距離で、相手はその光に飲み込まれた。
壁は溶け、まるで真夏のような暑さだ。
「水浴びが、したいわね」
「どうしましょうねえ……これ」
ひとまずの脅威はさったのを確認し、脱出の手段を考えるのだった。




