JAD-003「変わらない朝」
更新は月火水を予定しています
宿に泊まった翌日の早朝、私は宿の窓を開けていた。
遠くの山から、太陽が昇るのを見るためだ。
この世界で生きることを決めてから、なんとなく続けている習慣。
「今日も、太陽は変わらない……か」
だいぶ薄れて来た、前世というべき記憶。
山や、町並みの隙間から見える朝日は、今見えている物と変わらない。
(多少、色合いが違うけど、ね)
持ち込んだ荷物から、ハンドガンを取り出し握る。
実際に弾は込めず、朝日とは別の方向へ。
視界には、どこにでもあるような荒野、いくらかの木々。
そして、横合いからの日差し、それだけだ。
「今日も、私は生きている」
実際に、何かを狙い撃つわけでもない。
だけど、自分の最後の記憶を焼き付けるようにできるだけ毎日行っている。
(確かあの日、こうして覗いていて……)
霞む記憶に、何かを見出そうとして、小さなアラーム音に我に返った。
「時間ね。今日もお仕事、始めましょうか」
まだ寝たままの相棒を起こしに、銃を片付ける。
相棒のカタリナは、人間ではないので本当は寝なくていいらしい。
出来るだけ人間らしい行動をする、それがカタリナの趣味の1つだ。
「朝ですか、おはようございます」
「おはよう。さっきまで寝息を立ててたのに、器用よね」
実際に寝ているのではなく、寝るということを実行してるだけだから、らしい。
そんなものかな?と思いつつ、身支度。
気が付けば、他にも起きてくる同業者がいることが気配でわかる。
「今日は、ゴーレムの売却と仕事探しってことで」
「わかりました。ああ、もう買取が来てますね」
ちらりと、窓の外を見たカタリナに頷く。
狩りや採掘なんかもやるジュエリスト。
そんな彼らから買取をする商人も、少しでも早くとこうして宿に集まるのだ。
(駐車場が、臨時の買取所になるっていうのも自然よね)
朝食は、買取の後としてまずは自分のトラックへ。
既に、何人もの同業者と商人との交渉が始まっていた。
そんな中、私は一人の若いお兄さんに声をかけることにした。
「アナタ、買取希望?」
「ん? ああ、もちろん。良いのがあるのかい」
それは見て確かめて、と言えば、そりゃそうだと返事。
思った通りの対応に、微笑みながら案内する。
カタリナは静かに、私の半歩後ろだ。
「これよ。昨日討伐したてのほやほやよ」
「どれどれ……なるほど、確かに。岩部分が少ない……かなりいいじゃないか。単価はこのぐらいでどうだろうか?」
そうして青年が操作するのは、この時代になっても、この世界でもあまり変わらない電卓。
示された数字は、予想より少しだが高かった。
「理由を聞いても?」
「んー、投資、かな。俺の事、若造って馬鹿にしてないだろ? 珍しいからな」
まだ周囲では、交渉がたくさん行われている。
聞こえないようにと、小さな声だった。
「一番身だしなみが綺麗だったから。気を使ってる証拠だもの」
「それはよかった。じゃ、こちらのトラックも呼ぶよ。その間、朝食でもどうだい?」
嫌味のない笑みに、こちらも素直に頷きを返す。
生々しい話だけど、簡単な仕事数回分になりそうでホクホクである。
青年のお店か工房の迎えが来る間、宿近くの朝早くからやっているカフェへと移動した。
一応、カタリナも食事は出来るので心配はない。
「レーテ、お砂糖は2つまでですよ」
「いいじゃない。後で動けば」
それまでは、静かだったカタリナがこんな時だけは元気になる。
なんでも、人間のお世話をするのも趣味の1つなんだとか。
しばらくぶりに、コーヒーをゆっくりと味わう。
さすがに、移動しながらだとすぐ飲めるようにやや温いからね。
「俺はいつも、買取の後にここで食事をしてるんだ。どうかな」
「誘って来ただけのことはあるわね。それで、何か頼みたいことが?」
天気を訪ねるかのように、軽い口調を意識。
ここであまり真面目に行くのも、味気ないという物だ。
「ははは。さすがラストピースのレーテ、といった方がいいのかな? ご明察。確かに、少し頼みたいことがあるんだ。っと、引き取りが来た。詳しくは積みこんだ後でも?」
「ええ、そうしましょう。区切りは付けておく方がいいものね」
自分の知らないところでついたあだ名に内心、困惑。
それは表情に出さずに、頷いた。
3人で席を立ち、トラックへ。
見覚えのないトラックが横付けされているのを見つつ、立ち合いの上で引き渡しだ。
ゴーレムの姿をした、推定何かの機械部品材料である素材をだ。
「お代は確かに。それで?」
「君は、竜騎兵の話を聞いたことはあるかい?」
採掘か、護衛か、はたまた輸送か。
どんな仕事が来るかと身構えていた私に、そんな予想外の単語が襲い掛かってくるのだった。