JAD-026「世界は広い」
「おはようございます!」
「おはよう、朝から元気ね」
顔を洗いに宿の廊下に出ると、まだ日の出直後だというのに娘さんは元気に動いていた。
こちらを見るなり、大きな仕草で挨拶だ。
児童就労……なんて言葉が、ふっと頭に浮かんだけどもすぐに消えた。
「タロの散歩があるから、お寝坊はだめなの」
「そう。私も一緒していいかしら?」
雑談のついでについて行けば、鎖につながれた1匹の犬。
記憶にあるなんとかレトリーバーに近いようにも見えるけど、多分雑種。
朝の散歩は日課のようで、犬の方も尻尾を振っている。
「お父さんたちに聞いてくるね!」
これまた元気に駆けだした少女を見送り、部屋から顔を出したカタリナに頷いておく。
あっちはあっちで、情報収集をしてくれることだろう。
そうしてるうちに、少女は戻ってきた。輝くような笑顔でだ。
「いいって! じゃあ、いこ?」
「よろしくね」
一緒に外に出ると、思ったよりも冷えた空気が町を覆っていた。
この時期、天気によっては大量の霧が発生するらしい。
「そういう時は、お外に出ちゃだめなんだって。誘拐されるから」
「誘拐? 悪い人がいるのね」
軽く答えたら、思ったよりも強く否定が返ってきた。
おや?と思い少女を向けば、泣きそうな顔。
「天使さんが、お空のお手伝いにさらっていくんだって」
「天使? ふむ……」
恐らく、子供のしつけのためのお話だとは思うけど、それにしては随分な話だ。
霧に飲まれる、ぐらいにしておけばいいのに、さらわれるとは具体的だ。
案外、本当にそういう存在がいるのかもしれない。
実際ミュータントの中には、悪天候の時にしか姿を現さない奴もいるのだから。
「でも、霧以外だと大丈夫なんだって」
「そうなの。じゃあ気を付けないとね」
気を取り直して、散歩だ。
犬も元気にとことこと……結構この時間でも街には動きがあるみたい。
向かう先では、朝からどこかに出かけるらしいトラック集団もいる。
JAMも何機か見かけるから、仕事はちゃんとあるみたいね。
「この先でー、朝ご飯のミルクを買って帰るのがお仕事なの」
「私も何か買っておこうかしらね」
少女の案内を受け、既に賑わいを見せる市場へと向かう。
同じように散歩をする人たちとあいさつを交わしつつ、買い物。
悪くない雰囲気だなと思いつつ、道端にいるJAMが気になった。
(JAM……よねえ?)
今さら、目が悪くなったという訳じゃない。
JAM、ジュエルアーマードのはずだけど、随分と人間臭い。
その姿は、昨日見かけた騎士風の物だったのだ。
「見張りなんだって。悪い人がいたら捕まえるの」
「それは頼もしい話ね。いいことだわ」
「うん。お休みの時に、乗せてもらったことがあるんだよ」
少女の言葉に、今度こそ内心で驚く。
恐らく、警察のようなことを騎士はしているのだろう。
だとしても、どこで情報が洩れるかを考えるとなかなか豪快な話だ。
「騎士……ね」
まるで、人型の頭にさらに兜をかぶせたような頭部、それに鎧のような本体。
どちらかというと、工業製品の匂いがあるブリリヤントハートや通常のJAMと比べると、異色だ。
運用されてるということは、それだけメリットがあるか、こだわりがあるか。
あるいは、その両方か。
この土地の自然は、色々な物と引き換えの薄氷の上…。
あまり開拓されていないのは、何がいるかわからないからかもしれない。
「面白くなりそうだわ」
「? どうしたの?」
何でもないわとごまかしつつ、少女と一緒に買い物を済ませる。
重そうなミルク瓶を持ち、代わりに間食用のパンを持ってもらう。
犬を先頭に、宿に戻る頃にはすっかり朝食の準備も出来上がっていた。
「それで、どれから手を付けます?」
「まずは地形の確認ができる依頼がいいわね」
他の泊り客も一緒の朝食を終え、部屋に一度戻った私たち。
コピーした地図を確認しつつ、どんな仕事を受けようかと相談だ。
せっかくなので、この土地ならではの依頼なんてのもやってみたい。
あるかどうかわからないけど、食用の獣やミュータントの狩猟などだ。
「いいですね。次に話がつながりそうです」
「そうなのよ。それに……思ったより、文化があるのよね」
夕食に、思った以上のしっかりした料理が出てきて驚いた。
タンセの方面だと、どちらかというと調理しただけ!という物が多かった。
こちらでは、そういう余裕というのか、違いを感じるのだ。
それを、文化と呼んでいいのかはわからないけど……ね。
「ある、と言っていいのでしょうかね。レーテの話が本当なら、戻っている、のでは?」
「……かもね」
大崩壊前は、まさにSFの機械都市。
その後は、崩壊世界とは言わなくても、人々が手にしている技術は限られる。
そう考えると、昔に戻った、というのも正しいかもしれない。
「人が立派に生きている、それでいいんだと思うわ」
明確な答えはないけど、そう答えるのが精一杯だった。
思ってみなかったところで引き締まった気持ちを抱えつつ、役場へ。
残っている依頼から、街道沿いのミュータント間引き、食用獣の狩猟を受ける。
「サンプルはこちらです」
「ありがとう。思ったより、大きいのね」
写真とデータ、両方で貰えたがその大きさは意外な物だ。
記憶にある地球で言うイノブタのような姿だが、小さくても犬小屋ほどはある。
大きい方ともなれば、馬よりは小さいが……ぐらい。
野生に放たれると、好き勝手に大きくなるのだろうか?
「このあたりは、自然も戻って来てるので餌が多いようなんですよ」
「なるほどね」
どんな味になるのか、少し気にしながらさっそく狩猟に向かうことにした。
カタリナと一緒に宿に戻り、出かける旨と、今晩の部屋の確保をしておく。
元気な少女に見送られつつ、街の外へと出発だ。
「あの子、元気ですね」
「本当にね。子供は、笑顔の方がいいわ」
言いながらも、難しい土地があることを思い出す。
引っ越すにも引っ越せず、底辺の生活になる土地もある。
明日の水不足とミュータントにおびえ、それでも人は生きる。
「本当に……」
つぶやきが、トラックの走る音に消えていく。




