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JAD-023「一つの別れへ」



「巨大ミュータントの情報は無し、初遭遇、か」


「これまでのように、気軽に採取に向かえなくなったのは残念ですね」


 手元で氷が音を立て、琥珀色の液体が揺れる。

 酒豪という訳ではないけれど、そう弱いわけでもない。


 思いにふけりたい時ぐらいは、あるのだ。


「さすがに、あの湖に潜って調べるのは命知らずもいいところだものね」


 私の予想では、恐らく1本、あるいは数本の海へとつながるトンネルのようなものがある。

 最初からそう言う地形だったのか、川が段々沈み、そうなったのかはわからない。

 なんとなく、底の方には希少な鉱石とかが沈んでいそうだけど、ね。


「ええ、しばらくは様子見。人がミュータントと折り合いを付けながら生きる、それだけですよ」


 同じくカウンターに座り、アルコールを口にしていたカインの疲れた声。

 世界が一度駄目になりかけたというのに、人はまだ、互いに争っている。

 自然に足を踏み入れれば、大なり小なり、ミュータントに襲われるような世界で。


 あるいは、そんな世界でも生き残る人間はしぶとい、と言い換えられるのかな。

 集団を作り、地位の上下を作り、小さいながらもネットワークを作る。

 たくましさすら、感じる。


「そうだ。今回の報酬、出てますよ」


「あら、早いのね。確認したわ。これも、不思議よね」


 手元のマネーカードの1枚に、金額が転送されるのを確かめた。

 世界がピンチになったあの大崩壊の際、なんとか生き残った中には大国の銀行も含まれていた。


 そして、無数の衛星たちも。


 無政府状態になりかけた時、志と、力が両方ある存在が協力を呼び掛けたらしい。

 国を超えた、価値観の維持、統一マネーの設定だ。

 大崩壊前から紙幣がほぼなくなっていた時代、思ったよりもすんなりといったらしい。


 その結果が、この荒野の世界でも誰もが使う、マネーカードと中身。

 確か……単位はあったはずだけど、みんな気にしていない。

 大事なのは、今も生き残っている銀行系列が、頑張っているということだ。


「どこかでハッキングに成功したって噂は聞くんだけど」


「だとしても限定的でしょう。でなければ、あちこち騒ぎになっているはずです」


 もっともなカインの言葉に、頷きつつも……昔のことを思い出す。

 引継ぎがしっかりできていれば、街ごと買い上げるのも不可能じゃないぐらいため込んでいたことを。


(ま、今となっちゃ記憶でしかないのだけど)


 この世界で目覚めた時、マネーカードは持っておらず、無一文だった。

 そこからどうにか、稼いでいるうちに名前が売れたというところなのだ。


 良い感じに回ってきたのか、少しふらつくカインに帰宅を促し、自分はもう少し残ることにした。

 彼と入れ替わりに、横にカタリナがやってくる。


「何杯目ですか?」


「大丈夫よ。このぐらいはねっと」


 年齢不詳のこの体ではあるけど、少女というほどでもない。

 もっとも、酒場の中ではカタリナ同様、少々浮いている気もしないではないけれど。


「トラックの検査は終わりましたよ。問題ありません」


「そう……じゃあ、そろそろ移動かしら……」


 明日にでも、新しい街へと移動しようと考えていた。

 新しい噂、新しい場所。

 そこで出会う何かの中に、何か情報があればいい。


 伝説の七色のダイヤ。


「良い夢、見られるといいな……」


 宿への道すがら、ふとそんな言葉が漏れた。

 だいぶ忘れた形の、前世の自分。

 それは弱さだろうか?


 よっぱらっているからか、夜の街を歩く人々が違って見えた。

 笑い声をあげる、男たち。

 いつもなら、気にしない人たちが、少し気になった。


「今日は、一緒のベッドで寝ましょうか?」


「その方がいいかな……」


 からかうようなカタリナに、思ったよりも素直に返事が出来た。

 まだこの世界に不慣れな頃、ひどい目にあいかけたことを思い出した。


 そっと、自分のお腹に手をやる。

 記憶もあいまいで経験は正直ないけれど、今の私は女の体だ。

 男女の仲になれば、そういうこともあり得る。


 そんなことを考えていると、宿についていた。


「まだ、男の人、怖いんですか?」


 宿の部屋、2人だけの部屋。

 灯りも碌に点けず、ベッドに腰かけた私に、優しい声。


「そういうわけじゃ、ないんだけど。カタリナには言ったわよね。自分が元々どういう存在だったか」


「レーテは、どう見ても女性ですよ」


 男性だったかもしれない、そんな記憶。

 私自身は、どっちであったか、はっきりしない。


 戸惑う私は、カタリナの諭すような声に頷くことが出来なかった。

 文明の発展した先に誕生したという、ある種最高の人工知能と呼べる存在のカタリナ。

 だというのに、彼女は人間臭い。


 プログラムされた反応ではなく、こうして人を心配するのだから。


「うん、ありがとう」


「あいにく、子守歌のデータはないので、そういうことはできませんけど」


 思わぬせりふに、軽く吹き出してしまう。

 まったく、簡単には修理もできない義体に宿ってる割に、ジョークも言えるとは。

 本当に、かけがえのない相棒、そう感じる。


「お休み」


「ええ、おやすみなさい」


 そうして目を閉じると、思ったよりも早く意識が沈んでいく。

 その晩、ゲームをプレイしている夢を、見た気がした。


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