JAD-235「海に潜むもの」
それは突然だった。
そろそろこの街から北方へと偵察部隊を出すべきか。
昼間にそんな会議をした夜のことだ。
「何、この感覚……」
「レーテ?」
思わず飛び起き、上着を羽織る。
寒いわけじゃないのに、寒気が襲ってきたのだ。
見えない力、何かの感覚。
それは、下からだ。
寝床の下を、じっと見つめることでようやくわかる。
どこか遠くへ、力が流れている。
「石の、星の力がざわめいてる」
用意された家の外に出ると、他にも外に出てきた人がいた。
JAMの操縦者、ジュエリストとして覚えてる人が多い。
つまり、今の感じは私だけじゃなかったということだ。
「今のは一体……」
「わからない。けれど、あまりいいことではないのではないか?」
少し話したことがある程度のジュエリスト同士でも、共通した気持ちがあった。
すなわち、流れの行きつく先、海の向こうに何かがあった、と。
(この前言ったことが、もう本当になったとでも?)
石の力、星の力はある意味有限で、無限。
使いすぎると自然が荒廃するし、場合によっては不毛の大地と化す。
それはいまだに荒れ果てている大地が証明している。
「向こうと送金先がつながってる人はいたりしない?」
「さあなあ……そういうデータは残ってないからな」
だめもとだったが、やはり無理っぽい。
ランダムで送金した先が当たりだった場合のみ、だろうか。
組み合わせは膨大だ、現実的ではない。
「そうよね……。さすがに飛んでいくには遠いし……」
大陸を渡る手段は、非常に限られている。
まず海路は、巣の中をつっきるようなものだ。
無謀すぎるといえる。
もう1つは、空を行くこと。
ブリリヤントハートなら、十分物資を積んでいけば可能そうである。
ただし、途中に邪魔が入らなければ、だ。
うっかりドラゴン複数に遭遇でもしたら、逃げる先もないまま戦闘になりかねない。
そして、先日判明した陸路(凍っている海面のようだが)になる。
問題は、急にこの話が出てきたことだ。
もともと地続きとかであれば、もっと前に話が出ていると思う。
「レーテ、ひとまず機体で待機しますか? ミュータントが騒ぎ出すかもしれません」
「ついでに一回りしてきましょ。目もさえちゃったし」
どこかに飛んで行った眠気を思いながら、ブリリヤントハートをのせたトラックへ。
そうして起動し、ひとまず街の周囲をパトロールに出発だ。
無線で、ちょっと気になってとだけ告げ、門を出る。
まだ夜明け直前ということで暗い。
「今のところは特には……んん?」
「空に……光?」
遠くの海のさらに向こう。
ほのかに明るく、光が空に伸びた。
これは陸地が近いのではなく、それだけ上空に光が伸びたということだ。
「何があったかわからないけど、平和とは違いそうね」
「はい。間違いなく、何かあったんでしょう」
それ以降は特に動きはなく、パトロールも問題なく終わった。
夜明けとともに、朝が来る。
朝食でも取ろうと、街に戻り始めた時だ。
「海面に動きあり。おそらくミュータントです」
「今? これは……」
どう見ても魚である。
海面を、魚が飛び跳ねている。
無数に、だが。
そして、その大きさは両手を広げたほどだと推測できる。
問題は、それらの目が青く光っていることだろうか?
あちこちで、いくつもの群れが飛び交っている。
「無線で警告! 迎撃準備!」
「了解! リンダたちへ直接送信します」
連絡をカタリナに任せ、機体を浜辺へと向かわせる。
どうなるにしても、迎撃するならこの方が良い。
私たち以外にも、何かを感じたのか浜辺に来ている人たちがいた。
外部スピーカーで襲来があることを伝えると、慌てて武装を取りに戻っていく。
『先ほどの通信は本当か!?』
「冗談でこんなこと言えないわよ。まだ遠いけど、どう動くかわからないわ」
手足は生えていないので、せいぜい海岸際で何かしたり、丘に飛び上がってくるぐらいだ。
問題は、この街が海に食い込んだ立地ということだ。
だんだんと、武装した人員や車両、JAMが海側に集まってくる。
一発叩き込むべきか、迷う瞬間だ。
「ペリドットたちで電撃準備。火も水も効果が薄いでしょうし……」
言いながら動力の石を切り替え。
徐々にチャージをしていく。
さあ、どこに撃とうかというときだ。
「巨大な石の反応あり! 何かが来ます!」
警告の声。
それを聞きながら見つめる先で……海が割れた。
「大きい……!」
一言で言うなら、巨大なビルが突き出てきた。
ただし、生き物だ。
大きな、魚とは思えない何かが口を開いて海面に飛び出てきた。
高く高く上に伸びたが、まだ全長は不明。
そうして魚のミュータントを口の中に収めた何者かは水中に。
その衝撃で、浜辺は波に襲われる。
「車両が流されないように援護するわ」
爆発で衝撃を相殺するかのように、海面近くへ電撃を放つ。
泡立つように暴れる海面は、波とぶつかる。
多少はどうしても残ったが、波は大きく削れたと思う。
「今のは……」
「海から大陸を目指すのが無謀な理由。それがああいうのね」
一体どれだけの相手が海にいるのか。
考えるのもおっくうになる光景だった。




