JAD-222「証明できない昔の話」
周囲は荒地で、前回訪ねた時はドラゴンが住み着いていた山。
そんな私の生まれ故郷である施設まで、まだそれなりの距離の位置。
それだけの距離を移動となると、色んなものを目にすることになる。
「ミュータント……よね?」
「恐らく。あれだけの大きさ、通常ではありえないかと」
開拓の水源になりそうな、大きな湖。
水の補給に立ち寄った私たちが見たのは、人の体ほどはありそうな大きなカニだった。
砂地や岩場、湖にせり出した木々の根元などに、無数の巨大ガニがうろついている。
大きさだけでも普通ではないが、よく見るとハサミに違いがあるのが見えた。
「ハサミだけ色が違うわね。あれで何か力を使える気がする」
「試すのは少し怖いですね。うーん、やっぱりミュータントはどこかしらが、石の力を使うために変質してますね」
「そうみたい。牙だったり、骨とかが多そうだけど。全部が全部、遺伝子情報の変質で済むのかしら……」
今のところの情報だと、あれは自然に生まれた物じゃない。
かつてこの星に来た何か、現在のところ宇宙からの来訪者(ただし遺伝子情報として)が原因。
そういう目的だったのか、再生を間違えたのか、あるいは事故でばらまかれたのか。
結果として、この星には異常生物、ミュータントが誕生した。
ちょっと大きな犬だったり、空を支配するドラゴンであったり。
この星には今、人間と動物、そしてミュータントに無人機という存在が共存している。
(見えない海には何がいるやら……)
船を飲み込む巨大な何かがいたりしても、全く不思議ではない。
前に見た巨大なクラゲもどきなど、その1つだろう。
「人間的なミュータントはいないんですかね。前に出会ったのは、違うようですけど」
「どうなのかしらね。あまりいい結果にはならないような。再生された人間がいたとしたら、それ自体はもうミュータントに近いような気もするけれど」
カニを刺激しても面倒そうなので、こっそりと隅で水を補給。
ちょうど湖から流れる川が、目的の方向に近そうなのでそちらに向かう。
このまま下っていくと、目的地の北側に出そうである。
まだまだ距離は先ではあるのだけど。
「ん? カタリナ、足に何かくっついてない? カニのハサミ?」
「さっき川のそばを抜ける時に、挟まれましたかね。脅威度が低いので、感知ができませんでした」
たまに枝葉がくっついてるときのように、片足にハサミが挟まっていた。
本体はいないから、取れちゃったのかな。
捨てるのもなんだしと、回収しておく。
平地に出たところで、川のできるだけそばを移動。
トラックはまだここでは使いづらい。
かといって平地に出ていくと、別の意味で面倒そうだった。
(手つかずの自然を見ていくのも、いいのよね)
たまに出てくるかつての文明跡なんかも、面白い。
何か収穫があるといいなと思いつつも、多くは朽ち果てているのが悩みだが。
そうして夕暮れ近くまで進み、ちょうど飛行機の発着場だったりしたのかと思う場所に出る。
木々が地面の人工物を突き破り、それでも視界を奪うほどでもない具合。
「こうしてキャンプしていると、世界に生きてるのは私たちだけなのかもとか思ってしまわない?」
「ありがとうございます。ふふっ、ついお礼を言っちゃいました」
「どういたしまして。カタリナの体は、大きな損傷がなければいいとして、私の寿命もどのぐらいやら」
私たちは、どちらも正確には人間とは言いにくい。
私自身だって、どんな違いが体にあるのかは、比べようがないのでわからない。
石の力を引き出す素質は、人よりあるのは間違いないけれど。
案外短命かもしれないし、事実上老いない可能性もある。
なぜなら、目覚めてからのそういった変化は目立ってないからだ。
「ま、気にしてもしょうがないか。カニのハサミ、焼いてみましょ」
以前、腕に身に着けてそのままの、謎の腕輪を見る。
この星のものか、宇宙からの来訪者が開発したのか、不明な物。
石の力を生身でも使うための、ミュータントの状況を再現した物。
小さ目のルビーを手に、薪束に火を生み出す。
「もしかしたら、人間がみんなこの力を得たならば、使い過ぎの怖さを学び……」
「レーテ、そういう理由だったのでは? 誰も証明できませんけど」
かもね、とつぶやきを返す私の声は、少し震えていたかもしれない。
元の人類は、機械面でも石の力、星の力を使い、そしてついには自身をも改良した。
生身でも使うようになった力は、いつしか需要のほうが大きくなり……。
「星に繁栄しては滅びに向かい、旅立ち、そして別の星で繁栄しては……なんてことを繰り返してたり?」
「暇つぶしとしてはよさそうですけど、考えても仕方ないですよ」
少し沈みそうになる思考を、焼けたカニの身がはぜる音がかき消した。
鼻に届く匂い、火に垂れて音を立てる汁。
割った隙間から立ち上る湯気。
「もう、こんな時だけは間違いなく人間だなって感じるわ」
「ふふふ。私もご一緒しますよ」
日の落ちてきた周囲に、焚火の光が踊る。
舌に感じる熱、味、そういったものが現実を私に教えてくれるのだった。




