JAD-185「記憶の反響」
夢だ。
そうはっきりとわかる時間。
そばにいるのはカタリナではなく、執事風の男。
そして、質素という言葉の似あうオフィスめいた部屋。
「それで、返事は来たの?」
「いいえ、まだです。追って連絡する、それだけですね」
淡々とした返答に、夢の中ながら、イラつきを抑えられない。
具体的には思い出せないが、もう結構な時間、こうしている。
目の前のテーブルには、いくつもの書類。
その中身は、先日までこなしていた依頼の物だ。
「反政府勢力と協力していると目される企業を襲撃せよ……確かに敵対者はいた、いたけれど……」
ああ、これはゲームの記憶だ、そうどこかの私が悟る。
出てくる言葉も、考えた物ではなく、すでに発した覚えのあるものだ。
確かそう、普段あるような対人、対組織とは少し違った。
技術形態の違う勢力と、それを利用しようとする組織を叩けというもの。
「参考までに聞きたいんだけど、あれをどう思う?」
「どう、とは不明瞭すぎます。脅威度でいえば、かなりのものでしょう」
これまた、事実上の即答。
大体私と似たような結論だったが……うん。
「今まであれだけの規模で、見知らぬ勢力が過ごしていたとは考えにくいです」
「そう、よね。それは間違いない」
絶滅寸前の新種動物を発見しました、とはわけが違うのだ。
これまでの常識を覆すような、生物的な要素を含んだ機械群なんて話。
「ですが、負けません。勝てますよ」
「ええ、そうね。勝たなければいけない。そのために私は……私は?」
まるで映画を見ているかのような感覚。
いつしか、私は私自身を離れてみていた。
だんだんと思考がはっきりしてくる。
こんな思い出は、今まで思い出せていない。
思えば、この記憶自体はかなり前の物のはず。
文明崩壊までの、SFじみた……SF?
「っと……」
視界が渦を巻き、激しくゆがむ。
数舜後、私は別の場所にいた。
今度は、どこか懐かしいコックピット。
何かに乗り、自然の中にいる。
モニターには、ドラゴン。
あからさまに殺気立った様子で、炎のブレスが迫る。
「夢の中だからって当たるわけには!」
もう何度やったかわからない回避行動を行い、相手の横顔を見る。
きらめく鱗、命を感じる瞳、そしてぎらつく牙。
作り物ではない、確かな生命がそこにはあった。
「私は人を超え、機械を超え、竜も越えなければならない!」
一人叫び、ブレードを引き抜いて機体を突撃させる。
孤独な戦いに疑問を持つことなく、ブレスをかいくぐり、竜の首を落としたところで暗転。
暗闇に浮いた状態で、私は視界に無数の窓を見た。
多くの記憶、多くの過去。
(ああ、だからか……)
その中に、私に刻まれたものもたまたまあったのだろう。
そう設計された私は、無数の中から自分の物を見つけたんだと思う。
今の私は、育ってる間に睡眠学習的なことをされた私。
もしくは、それに加えて前の私の記憶が刻まれている。
ただの兵士だったのか、現状を理解した革命者だったのか。
あるいは、宇宙からの来訪者を迎えようとする誰かだったのか。
記憶が反響し、忘れていた記憶すら、思い出させた。
「今の私はライフレーテ・ロマブナン、それがいい」
カラーダイヤを集めて、力を得たとして何をするのか?
大それたことは考えていない。
ただ、私という存在がいたことを残したい、そんなところだ。
「無人機たちが生き残ったんじゃ、名前が残らないからねっ」
そう言い切り、頬を叩いたところでさらに暗転。
目を開けば、そこはテントの中だった。
「レーテ? うなされてましたよ」
「そう……ん、大丈夫。ちょっとね、昔の夢を見てて」
「夢ですか。つらい夢でしたか?」
心配した様子のカタリナ。
それがプログラムされたものなのか、成長した結果習得した物なのか。
それ自体はもう、私には関係ないことだ。
「楽しくはないけど、必要なものだったと思う」
「そうですか。ならよかったです」
カタリナのほほえみの向こう、空はもうほんのり明るい。
寝なおすにはなんだか気分が違うなと思い、起きることにした。
「準備自体は昨晩、終わっています。あとは……挨拶するぐらいですね」
「そうね。朝食ぐらいはとってからにしましょうか」
見張りのために起きている面々と話をすべく、テントの外へ。
ふと、足は鉱山、機械アリの巣があった方向へ。
そこには、朝もやが雲のようにたまっている不思議な光景が広がっていた。
「この辺り、標高が意外と高いんですかね?」
「かもしれないわね。もう表面に緑がある。自然はたくましいわ」
機械アリの採掘が止まってしばらく。
すでに、あちこちが緑に覆われ始めていた。
ここが、自然あふれる土地に戻るのか、鉱山として再稼働するのかはわからない。
再び機械アリがこの辺りを掘る前に、何かしらの決着はつけたいなと思うのだった。