JAD-137「スペーストラップ」
『私の態度に疑問を抱いていますね、ユーザー。さっさと種を話しますと、私が目覚めたのはおおよそ約18万時間、標準時間でいうと、20年ほどになります』
「20年……」
短いような、長いような、何とも言えない時間だ。
というか、結構早口ね、この子。
『月の数や自転も違うので、本家とは単位は同じでも、実際の数値が違うんですけどね』
「本家? どういうこと?」
『そのあたりは残っていませんか。かつて、人類は別の星に繁栄していました。そこから、宇宙へと進出、そのほとんどが失敗でしたが、ここは数少ない成功例です。ま、機械が遺伝子情報から再生したんで、天然物の人類はもともといなかったってだけですよ。なーんて、私もデータでしか知りません。本当かどうかも』
「ずいぶんと個性的ですけど、もしかしてこの人格は……」
『スキャン確認……ああ、うらやましい。そちらは出歩けるのですね』
モニターの1つに、少し古さを感じる姿で、妙齢の女性が表示される。
壊れかけなのか、写ってない箇所が多いけれど。
「やはり……レーテ、これは私の可能性、ですよ」
納得しかない言葉が飛んでくる。
JAMもどきを動かすためにいたのは、私の可能性。
そして、施設維持のためにいるのは、カタリナの可能性。
『人類は、未知の恐怖におびえていました。まあ、これはよくあることですね。古来より、そうして人は武器を作り、脅威を排除してきたのです』
『ただ、人類はやりすぎました。未知の恐怖に対抗するために、どこまでも刃を磨いた結果、いざというときに、その力は強すぎたのです』
「文明崩壊に関係があるの?」
なんとなく、わかる気はする。
JAMをはじめとして、昔の武器でもそうだけど、威力のほうが高すぎる。
正確には、防ぐ手段がなさすぎるというか……。
『はい。ここまで来たのなら、目撃しているでしょう。人類そのものもそうですが、どうやって生き残っているのか謎な生物、そして』
「明らかにおかしい技術が、たまにありますね……そもそも、JAMたちの動力源も……」
「どこまでがそうなのか、今となってはというところかしら」
宇宙からの隕石、その中身を参考にした石の力、星の力のシステム。
それは使い過ぎにより、自然を荒廃させる結果を生んでいる。
『石の力、引き出された星の力は、いうなれば活力です。データによれば、数値化はできても、電気のように管理して扱うことはできなかったようですね』
落ちてきたオリジナルを除いて、と続いた。
つまり、人類の技術では、石の力は完全ではない?
『私自身は、その補助を行うために設計されたようですが……まあ、御覧の通り。パートナーは開発に失敗、流用はできましたが、それももう終わりですね』
『私よりも先に施設と彼らは目覚めていたようで、もうどうしようもありませんでした。ただただ、施設の秘匿と残された命令を実行するしか』
「どうして、眠らせなかったの? あんな姿になってまで……」
言いながら、自分でも理由はわかっていた。
理由が、欲しかったのだ。
この世界に、生まれてきた理由も知らず、何もせずに死ぬのは……つらい。
『貴方の考えた通りです、ユーザー。何かしてから、何かを残してから行きたい。そう願われたのです。教育ソフトの結果かもしれませんが』
モニターの中の顔が、悔しそうにゆがむ。
やはり、感情豊かなAIだ。
『話がそれましたね。おそらく、カラーダイヤの情報を求めて、でしょう? あれは、本物です。何か出てくるわけではありませんが、ダイヤをそろえるほど、星の力のパイプは太く、確かになります』
「昔の人たちは、どうして使わなかったの? いえ、使えなかったのかしら」
『はい。使い道がなかった、というのが正しいでしょう。あの日まで、そんな矛先を向ける相手は、いませんでした。ですから、その準備もまともにはされていなかったのです』
言葉の節々に、不穏な気配を感じるようになってきた。
なんとなく、これまでの旅でも感じていたこと。
この星は、何らかの攻撃を受けていたんだということ。
『まともに映像等は残っていません。あるいは、あえて残さなかったのかもしれませんが、とあるとき、隕石が多数飛来したようです。そして、迎撃しきれなかったその隕石が、始まりでした。各地の大都市が謎の襲撃を受けるようになり、並行して海の生物たちが変化、異常な事態が始まりました』
それから説明されたのは、それこそ、映像メディアの創作のような話だった。
石の力を使う謎の勢力が世界を侵略し、人はそれに抵抗。
けれど、そんなときでも人同士の争いは収まらず……異常な生物、ミュータントも参戦。
そして、人類はかろうじて勝利したが、その文明のほとんどを失った。
まるで、この星に人類自身がやってきたときのように。
『どうやら、飛来したのは極一部だったようですね。本体であったなら、人類は負けていたかもしれません。先にこの星に住み着いたのにも関わらず』
「面白い話だわ。その方が都合がいい、という点では満点よね」
「レーテはこの記録が、嘘だと?」
首を横に振り、適当な椅子に座る。
立ちながらで考えるには、少々重すぎる話だ。
「いいえ、本当だとは思うわ。当時の人類もそう思ったんだろうけど、最初の隕石自体は偶然で、それ以降は仕組まれてたと思う」
何かの時に妄想したけど、宇宙の何かは、こうして襲撃してうまみのある場所を探している。
その検査というのか、偵察が隕石だと思うのだ。
うまく仕組みを解析し、流用できる文明であれば、その力が探知できる。
つまり、石の力を使うことで宇宙の何かを誘導していた、という考えだ。
『当時の研究員らの仮説もほぼそうです。宇宙の広さの中にあって、石の、星の力を使うということはまぶしく見えるのでしょう。並行して、さらなる隕石の襲来が予想され、メテオブレイカーが生産、最終的にはスタースレイヤー、別名竜騎兵が作られ……まあ、世界は荒れ果てたわけですよ』
聞いてみると、肯定が返ってきた。
その返答を最後に、急に静かな時間が産まれる。
『ユーザー、お願いがあります。ダイヤを持ち出した後は、この施設を砂にすべて沈めて下さい』
「それは……ええ、わかったわ」
カタリナも、神妙な表情でうなずいていた。
複雑な感情を胸に、もう眠りたいという意志を尊重することにしたのだった。




