JAD-000「荒野に立つ彼女」
勝気系主人公の女の子?が旅するお話です。
青空の下、どこまでも続く荒野。
アクセントに時折の緑があるが、その多くがわずかな物だ。
生き物が暮らすには、少々厳しい世界。
そんな中を、私は相棒と共にトラックで駆け抜ける。
「センサー範囲拡大。右前方、何かある気がする」
「広域スキャン開始……遠方に砂嵐の兆候を確認。レーテ、人の方が早いとか、どうなってるんですか?」
閉め切った車内に響くのは、私の声と、やや不満そうな別の女性の声。
運転席には私、助手席には相棒。
席の役目から言えば、感知を早くするのは…まあ、助手席の役目ではある。
「もう何年も一緒なんだもの、慣れて」
「はいはい。そういうことにしておきますよ」
呆れた様子の相棒の声に、苦笑しながらもハンドルは握ったまま。
私にとって、たまたま過去の記憶と一致しただけに過ぎないのだから。
自分たち以外に動く物が見えない荒野、そこを走るトラック。
そんな場所を、女二人でひた走る。
まるで、いつかみた映画の光景のようと思うけれども、名前が思い出せない。
車の揺れに、視界にかかる髪を払いつつ、前を見る。
今はまだ天気もいいけど、この感じは……マズイ。
「それより、近くに岩場とかない?」
「えっと……ありますよ、10キロ先。ちょうどよさそうですね」
普段は何も感じない障害物、でも今は重要。
場合によって、集落を飲み込むような砂嵐から身を隠すには。
アクセルを踏み込むと、ぐんと加速するトラック。
体に感じるGに、自然と笑みが浮かんだ気がした。
宣言通りに見えて来た岩場にトラックを寄せ、ドアを少し開く。
途端、荒野独特の空気が飛び込んでくる。
「うん。匂いが違うわね。カタリナはどう?」
「私は生身じゃありませんからー。フィールド展開しますよー、中に入ってくださーい」
棒読みな台詞に肩をあげ、ドアを閉めてロック。
そのまま、荷台とを区切っている背板も倒す。
どうせ、しばらくは中に閉じ込められるのだ。
「前の砂嵐は、ひどかったですねえ…」
「ええ、清掃だけでも結構時間がかかったものね」
語り合う相手、カタリナは美少女と言っていい。
肘ぐらいまである銀色の髪を左右に三つ編みで流し、ゆらゆらと。
作業服の中には、私から見ても綺麗でグラマーだと思う体が隠れているのだ。
どちらかというと、スレンダーな体形の私からは、少し羨ましいぐらいだ。
優しげな顔も相まって、優しいお姉さんといった印象だ。
そういう自分も、服装はそう変わらない。
「ああ、ほら。窓を開けるから砂が混じってるじゃないですか。せっかくの金髪なのに」
「このぐらい、あとでなんとかなるわよ」
言いながら、カタリナにされるがまま。
髪を整えて男装すると、性別を迷わせることができるぐらいの容姿、それが私。
今のところ、そういう武器を使う相手がいない現場なのだから、別にいいのだけど。
「状況は?」
「防御スクリーンに問題は無し。砂嵐はこの規模だと……1時間といったところでしょうか? 砂取りもせずに済みそうです」
(よかった……砂が噛むと面倒なのよね。デジカメだって……ああ、触ったのいつかな)
こうして荒野を走るだけでも、いろんな場所に砂が入り込む。
砂嵐の直撃を受ければ、下手に動けばそれだけで終わりだ。
その対処をしなくてもいい、それが如何に特別なことかは、本人達がよくわかっている。
視界が茶色く染まり、細かな風や砂の音が響き始めた車内。
「じゃあしばらくは待機ね……なんだか、思い出しちゃうな」
「私たちが出会った時の事ですか? 七色のダイヤを探す旅に出たいっていう」
無言でうなずき、もう何年も前のことに思いを飛ばす。
それは私、ライフレーテ・ロマブナンがこの世界に生まれ落ちた日のことだ。
私は……この世界に来るまでは別の世界の人間だった……はずだ。
直前までやっていたのは、ネットを介したゲーム。
確か、キャラメイクをするタイプのロボあり、歩兵戦ありのFPSもどき。
私がやっていたのは2作目で、1作目は文明が発展しきったSF世界での、ロボアクション。
そして、2作目はそんな世界が何かで崩壊した、終末世界を舞台にした物だ。
都市間の輸送を極めるもよし、抗争に身を投じるもよし。
そんなゲームを一通りプレイし、大体やり尽くした。
新鮮さを求めアバターを1から作り直し、ロボの設定をしていたぐらいのところまでは覚えている。
引継ぎと初期武装を決めるため、色んな武器を試し、ライフルを構えて狙いを定め……。
アップデートの知らせを無意識にタップし、気が付けば、私は見知らぬ場所にいた。
SFじみた救命ポットと呼べそうな中に、裸で。
寝起きのような頭には、記憶が浮かんできた。
けれど、それが本当の記憶なのか、刷り込まれたものなのかはわからない。
なぜなら、私が眠っていたであろうポットは、ゲームでは人造生命を管理するものだったからだ。
どうにか部屋の外に出た私を待っていたのは、装備一式、真新しいトラック。
そして、まだカスタマイズ前のロボ1体分のコア。
随分リアルなアップデートだなと、その時は楽観的に考えていた。
でも、数時間もしないうちに何か違うと思い……。
この世界が、獣と人間、そして突然変異を経たミュータントが蠢く星だと知ったのだ。
「それで、乗って外に出たところで砂嵐に遭遇し、あの洞窟に逃げ込んできたんですね」
「ええ。そこで貴女を見つけた。契約していなかった私には、渡りに船ってやつだったわね」
目を覚ました場所と似たような、周囲とは不釣り合いな施設。
その中に眠っていた機械人形、それがカタリナだった。
一見すると人間と変わらないような姿で、わずかに体温もある。
少なくとも、金属的な冷たさはない。
夢のような世界で、夢のような出会いを果たした私は、彼女と旅に出た。
そこからは、混乱とあきらめ、そして新しい覚悟といったところ。
簡単に言えば、女の子の体であること、元の世界に帰れそうにないこと、この世界で生きること。
元々男だったか女だったかも定かではない中、縋り付けそうなものは1つだけ。
願い事が叶うという、七色のダイヤを目指すのは……未練なのかもね。
「出会った時は、右も左もわからなそうな様子だったのに」
「慣れた、いえ……成長したってことよ」
最初は戸惑うばかりだった今の体にも、もう違和感はない。
どこか映像を見ているかのような記憶の私は…どうにも本物に思えなかった。
だからこそ、今の私として生き残ることを決めたあの日、私はライフレーテ・ロマブナンとなったのだ。
(キャラ名だけはしっかり覚えてるとか、謎よね)
「? 昔話はこれぐらいみたいですよ。砂嵐は収まって来ましたけど、救難信号です」
「移動してる? ううん、こっちに逃げて来てる感じ?」
このトラックにも、簡易的なレーダーは積んである。
どちらかというと、ソナーみたいなものだけど。
そこには、距離はあるけど何かがじわじわ移動してるのが映っている。
「大きさ的に、隊商か何かが砂嵐に遭遇、やり過ごしたけど何かに襲われてる、でしょうか」
「それであってると思う。カタリナ、いける?」
「レーテが行けと命じさえすれば、いつでも」
トラック内に、2人きり。
推定人造人間の私と、機械の体なカタリナ。
何度も繰り返したやり取り。
カタリナは、無言で告げるのだ。
自分は道具で、私が主人だと。
「よしっ! 起動準備!」
ただの遭難なら、トラックで乗り付ければいい。
でも、この世界にはそれでは危険な相手が、いる。
荷台への連結部分をくぐるように通り過ぎ、荷台にある其れへと向かう。
目指すはロマンと、ある種の伝統の塊。
四肢のある、人型機動兵器。
人でいうと脇腹付近にある搭乗口から中へ。
素早く、専用の椅子に体を収め、操作を始める。
「安全チェック、クリア。クリスタルジェネレータ起動」
「計器類起動を確認。メインは……汎用でいきましょ」
計器類の灯りだけだった場所が、明るくなる。
おぼろげになってきた記憶にある、ゲームやアニメ作品のコックピット。
そうとしか表現しようのない空間に、私はいた。
「ハッチオープン。いつでもどうぞ」
「了解。ブリリヤントハート、レーテ、出るよっ」
飛翔する視界、確かなGの中、私は空を飛んでいた。