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桜の夜の催し事

作者: 知美

1.夜馬之助やまのすけside


今日は父上に連れられて道場を営んでいる家に向かっている

ボクは剣を扱うのが苦手だ

だから、剣を稽古をするのはイヤだ


でも、ボクは男の子だから剣を扱えなければならないらしい

だから、近所にある道場へ通うことになった


本当は逃げ出したい

だけど、父上に手を握られているから逃げられない

だけど、父上と手を繋ぐことが出来て嬉しい


自分の中で相反する感情があるなんて不思議だ


そんな不思議な感覚に浸っているといつの間にか道場を営む家についていた


「さぁ、着いたぞ。夜馬之助」

「はい……、父上」


道場に着くと、竹刀や木刀の音がよく聞こえてくる

その音が怖いという思いが夜馬之助の中で生まれる


逃げたい


その思いが、夜馬之助が後退りをするという行動として現れる

父上に手を引かれ、道場の扉の前までやって来てしまった


(やだな……。帰りたい……)


夜馬之助がそんなことを思っている間に、小さな女の子が「何か御用ですか?」と聞いていた

夜馬之助は父上がその女の子に「親御さんはいるかな?」、「親御さんを呼んできて欲しい」、「道場に入門したいんだ」と言っているのを聞きながら、女の子から目が離せなかった


(可愛い……。名前はなんだろう……。喋ってみたい……)


様々な想いが夜馬之助の中で生まれてくる

先程まで感じていた、怖さは何処かに消えていた


夜馬之助が女の子を見つめている間に、道場の入門の手続きは終わったようだ

どうやら、明日から剣の稽古が始まるらしい


再び、父上に手を引かれ、家へ向かう


「明日から頑張れよ、夜馬之助」

「はい……、父上……」

「覚悟が決まったのか、夜馬之助」

「はい……」

「そうか」


父上は満足そうだ

それもそうだろう

あれほど嫌がっていたのに、今はこんなに素直なのだから

それもそのはず、あの女の子にカッコ悪いところは見せられない

自然とそうに思えたのだ


夜馬之助の中であの女の子を見た瞬間から何かが生まれ、何かが変わった


まだ、夜馬之助自身でそれが何なのかは理解できていないが、今はわからなくてもいい


明日から始まる稽古

何をするのかはわからない


だけど、明日から稽古に行けばあの女の子に会える

そう思うと何となくだけど、頑張れそうだと思えた夜馬之助だった


2.夜馬之助side


父上に連れられて行った道場の家に可愛い女の子がいた

その子は道場の家の末の娘


だから、稽古の合間によくお茶やお菓子を持ってきてくれる

同じぐらいの歳だけどは話す機会はほとんどない

それにその女の子はお茶とお菓子を運んで直ぐにいなくなってしまう

だから、その女の子の声を聞いたこともない


だけど、名前だけは知ってる


愛以子めいこ


名前の通りに可愛くて愛らしい女の子

その子に心を奪われる道場に通うボクら


その想いを消し去るように稽古に励むが、なかなか消えてくれない


その時、ボクはまだ九歳

この想いがなんだかよくわからない

だけど、夜馬之助の心を掴んで離さない女の子


いつかこの想いを愛以子に伝えたい


だけど、今のボクにはまだ早いような気がする


だから、ボクは八重桜の樹の側で木刀を振りながら、その想いを消し去るように稽古に励む


3.愛以子side


八重桜の樹の側で木刀を振るうお子がいる

その姿があまりにもキレイで目を奪われた


私と同じぐらいの歳の男の子

まだ名前は知らない

だけど、私の家の道場に来ている男の子ならいつかは名前を知ることが出来る


だから、私は直ぐにその場から離れた

だって、道場の近くにいるとお父様に叱られる


見つからないうちにその場から離れることにした

だって、見つからなければ、またその男の子を見ることが出来るかもしれないから


4.夜馬之助side


あれから十年が経ち、ボクは十九歳になっていた

十九歳にもなると“ボク”と自分の事を呼ぶのは似合わないと言われ、仕方がなく“わたし”というようになった


まだ“わたし”という言葉に馴れない

だけど、これも稽古の一つと思い、“わたし”という言葉に馴れるように勤めていた


そんなある日、両親からお城で武士として奉公してみないかと言われ、その言葉に心が動いた


お殿様の為に強くなる


これを目標に剣の道を進めば、今より強くなれるかもしれない


だから、夜馬之助は二つ返事でそれを了承した

だが、その後に直ぐに愛以子の事が浮かんだ


(愛以子殿と会えなくなる……)


それを思った瞬間に、夜馬之助は愛以子の家に向かっていた


時刻は既に夕方

こんな時間に出掛けるなんて失礼だ

だけど、どうしても愛以子に伝えたい想いがある

例え、それを伝えられなくても愛以子の顔が見たい


両親が何か言っているが、夜馬之助は「直ぐ帰ってくるから!」と叫び、愛以子の家を目指した


5.夜馬之助side


数十分走り着いた愛以子が家族と住む家

幼い頃から通いなれた愛以子が住む家であり、道場


そこに着くと、道場に通う子供達が家に帰ろうとたくさん出てきた

そして、そこには愛以子の姿もあった


「気をつけて帰るのよ」

「はーい」

(いた……)


息は上がっているが、夜馬之助はそのまま愛以子へと近づいていく


すると、愛以子が夜馬之助に気がつき、こちらに近づいてきてくれた


「どうかされましたか?」

「愛以子……殿に……伝えたいことがあって……」

「ですが、その前に息を整えた方が……。何かお飲み物をお持ちいたしますね」


そう言って、愛以子が家の中へと行ってしまった

夜馬之助は息を整えようと深呼吸をする

落ち着いてきた頃に、ふと庭に咲いている八重桜に目がいった


足が赴くままに動く

そこへ行き、幹に手を当てた


「やっぱり、夜馬之助様は──」


そこへお茶を持ってきてくれた愛以子の声が聞こえたが、突然吹いた風によって、愛以子の愛らしい声が途中までしか聞こえなかった


「お茶、いただきます」


そう言って飲んだお茶は身体にしみわたる


「少しは落ち着きましたか?」

「はい。ありがとう、愛以子殿」

「いえ」


そう言って、愛以子は黙ってしまった

だけど、その表情があまりにもキレイで、夜馬之助は言葉を失ってしまった


(ずっと見ていたい……)


お互いが見つめ合い、時間が過ぎ去って行く

愛以子の頬は少しだけ赤く色付く


その頬に触れたくて手を伸ばそうとするが、女性に安易に触れてはいけないと思い、夜馬之助は伸ばしかけた手を止めた


すると、その手に愛以子が触れてきた


「タコがたくさん……。稽古の賜物ですわね……」


愛以子の柔らかい手が触れる

それが愛おしい


思わず、自分の中で膨らんでいく愛以子への想いを思わずつたえたくなった

でも、それを踏み止まってしまう自分がいる


想いを伝えたところで、夜馬之助はこれからお城での奉公が始まる

そうなってしまったら愛以子に会えなくなってしまう

それなのに今の感情に任せて今の気持ちを伝えてしまったら愛以子を苦しませてしまう

愛以子に辛い想いをさせてしまう

ガマンさせてしまう


それがイヤで夜馬之助は愛以子の手を引き、愛以子を引き寄せた


「すまない……」


そう言って、突然抱き締めることを謝りながら、愛以子を優しく抱き締める

愛以子が息を飲むのがわかったが、夜馬之助はそれをやめない

いや、やめたくなかった


この場所は道場から少しはなれた場所

あまり、人目につかない

だから、少しだけこうしていたい


愛以子にもっと触れていたい


愛以子の柔らかい手に触れたら、愛以子に触れたいと思った欲がガマン出来なくなった


「あの……夜馬之助様?」


しばらく大人しくしていた愛以子が夜馬之助を呼ぶが、夜馬之助はそれを無視した


「夜馬之助様……。あの……どうかされましたか?」

「愛以子殿を見ていたら、こうしたくなった……。突然、すまない……」

「いえ……。何かあったのですか?」

「……、……お城での奉公を……決めたんだ……。だから……」

「まぁ、それは……おめでたい、こと……ですね……。頑張って、ください、ね……」


愛以子の声色が少しだけ、寂しさを含んでいる

自分と同じ気持ちなのか確かめたくなる


でも、それをする勇気がなく、夜馬之助は愛以子から離れない


すると、遠くで愛以子の母親の声が聞こえた

その声にハッとして、夜馬之助は愛以子を離した


「それを伝えたかった。それと……愛以子殿の声を聞きたくて……顔も見たかった……。夕方の忙しい時にすまなかった……」

「いえ……、夜馬之助を一目見ることが出来て、嬉しかった。お城での奉公……頑張って……くださいね……」


そう言って、愛以子は夜馬之助から湯飲みを受け取り、夜馬之助に背を向け歩き出す

その後ろ姿が醸し出す雰囲気にいてもたってもいられず、夜馬之助は愛以子を後ろから抱き締め、愛以子にわからないように、愛以子の髪の毛に唇を一瞬だけ触れさせた


「夜馬之助……様?」


愛以子が振り返り、夜馬之助の名前を呼ぶ


「いや、何でもない。突然何度も抱き締めてすまない。突然の訪問を許してくれてありがとう。様も済んだのでこれでおいとまする」


愛以子にお辞儀をして、夜馬之助は決意をして、一歩を踏み出す


“愛以子の事は胸に秘めたままにする”


そう覚悟を決めて、家路へと急ぐためにまた走り出す


「──」


愛以子の愛らしい声が何かを言っているが、走り出した夜馬之助にはなにも聞こえない

聞こえるのは風を切る音だけ

その音を聞きながら、家路へと急ぐ


6.愛以子side


お城の前に着くとそこを行来する人達の足音がジャリジャリと響いていた


女中になると決めたのは幼いとき

心に決めたお方がお城にいる


ずっと会えないのは寂しい

お城の近くを通ることができてもそのお方には会えない

女中でなければ会えない


だから、私は幼い頃に女中になることを決めた


今、それが叶う

だって、今日から私は女中としてこのお城で奉公をするから


きっとそのお方にも会えるハズ


お会いして伝えたいことがある

なんとしても伝えたいことがある


私の気持ちを伝えたい!


だから、私は女中としての第一歩を踏み出した


7.夜馬之助side


お城での奉公を始めて数年が経った頃、お城の中で愛以子を見かけた

その時は驚いたが、何度か見かけるうちに、自分を追いかけてきてくれたのかと思うと嬉しくなった


だけど、愛以子はあの時より美しくなっていた

だから、愛以子に好意を持っている人がいることを聞くと、自分の中で焦りが生まれる


“愛以子を誰にも渡したくない”


まだ愛以子に気持ちさえ伝えていないのに、こんなことを思うなんておこがましい

だけど、このお城にはこんな決まりがある


“階級の違うものはむやみに話してはならない”


この決まりがあるから、夜馬之助は安心していたが、それが許される日が数日ある


それは桜が咲き誇る夜

その日の夜に行われる催し事


“桜の夜の催し事”


その日だけは無礼講

誰に話しかけても良い


その日だけは気が抜けなかった


だけど、愛以子に話しかける勇気がなく数年を過ごしていた

だけど、そんなある年、夜馬之助の同僚が言った言葉で夜馬之助の気持ちが動いた


“桜の夜の催し事の日に愛以子さんを部屋に誘う”


この言葉を聞いた夜馬之助はいてもたってもいられなくなったが、その時は何もせずにいた


だって、今はまだ冬

まだ春じゃない


春になって桜が咲き始めたら、動き出す

今はまだ、その同僚が動き出すことはない


だから、夜馬之助は春になったら、動き出そうと心に決め、桜の夜の催し事の事をよく知っている人に話を聞くことにした


8.愛以子side


愛以子が女中として働き始めて数年経つと、お城でどんな行事が行われるのか、どんな人がいるのか周りの人が少しずつ教えてくれてわかってきた


私が探していた人もいる

何度か廊下ですれ違ったこともある

その時の事は嬉しすぎてあまり記憶にない

だから、今度こそ、その人の事を目に焼き付けたい


それが出来るのはこのお城で行われる行事の一つ

桜の夜の催し事

この日だけは無礼講で、誰と話しても良い日

ただ、それはお殿様と奥様がお酒を楽しんでいる間のみ

だから、私はその日に、その人に伝えたいことを伝えるために女中の友達と練習をする


何度練習してもきっと当日は緊張してしまう

だけど、自分の気持ちを伝えたくて、練習をする

はたから見たらおかしいけど、それは気にしない

だって、その人にちゃんと本心を伝えたいから


9.夜馬之助side


遂に春になり、桜が咲き始めた

夜馬之助が愛以子に気持ちを伝えるための季節がやって来た


周りは桜の夜の催し事の話でいっぱいになっていた


誰を誘うのか

どの部屋にするのか

何て言って誘うのか


様々な想いが夜馬之助の耳にも聞こえてくる

そんな中で仕事に集中するのは難しいが、仕事は誠意を持ってしなければならない


だから、夜馬之助は夜になるまで、仕事に集中し、仕事をこなす


桜の夜の催し事まで後もう少し……


10.愛以子side


桜の夜の催し事の当日になると、皆ソワソワしていた

無礼講だから、仕方がない

だからといって仕事の手を抜くわけにはいかない


だから、私は仕事に集中していたら、あっという間に夕方になっていた


夕方になると女中達は忙しくなる

ご飯の支度やお風呂の支度があるからだ


愛以子もその支度に追われ、自分のご飯とお風呂が済んだのは桜の夜の催し事が始まって一時間が経った頃だった

女中の友達と話ながら、廊下を歩いていると聞き覚えのある声が聞こえた

愛以子にとっては忘れるハズのない声

ずっと聞きたかった声

その声が聞こえたとき、愛以子は瞬時にうつむいてしまった


ずっと聞きたかった声が聞こえて、幸せ

そして、その声が愛以子の名前を呼んでいる

その音の余韻を感じていたくて、全神経が耳に集中していた


「愛以子……殿──」


心地よく感じる声が自分の名前を呼んでいる

それが幸せ


「ほら、呼ばれてるわよ。愛以子」


友達の声にハッとして、顔を上げるとそこにはその人がいた

ずっと逢いたかった人

ずっと愛以子の心の中にいた人

ずっと想いを伝えたかった人


その人を見ているだけでなんだか満足した気になってしまう

自分の想いを伝えられなくても良いと思えてしまったとき、その人がこの言葉を発した


「愛以子……殿、このあと、よろしいか?」


この台詞は桜の夜の催し事の決まり台詞

この台詞を練習していたけど、その人の言ってくれた

その事が嬉しくて、愛以子の頬を赤くなる

それを見られたくなくてうつむくが、その人はそれをさせてくれなかった


「愛らしい……」


そう呟いて、その人は桜の夜の催し事の時のみ使える部屋まで愛以子をお姫様抱っこで連れていってくれた

その間、愛以子はその人の首に腕を回し、顔を隠す

だけど、心臓の音は密着しているからよくわかる


お互いにドキドキしている


「おろしますね」


そう言って布団の上におろされた

そして、その人は襖を閉め、窓を開けた


そこには大木の桜の樹が月に照らされ幻想的な景色があった


その景色をあの時を思い出す

あの時とは全然違うけれど、それを思い出していたのはその人も同じなようだ


「愛以子殿。あの時伝えられなかった言葉を聞いてほしい」


愛以子が頷くとその人は真剣な表情をした

その表情はあの時と同じだけど少しだけ違う

あの時は哀しさが混ざっていた

今は決意を決めた真剣な表情


「愛以子殿、わたしと一緒になってくれないか?」


それを聞いた私の頬を伝う涙

嬉しくて自然と涙が流れる


「……はい」


その返事を聞いたその人は嬉しそうに微笑んで、愛以子を優しく抱き締めた


「今日は朝まで一緒にいよう」

「はい……」


愛以子とその人の影は月が作り出す桜の影の中で重なりあい、朝まで離れることは無かった

読んでいただきありがとうございました。

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