2話:生徒のいる休日
学院の職員寮。
この空間には僕―ヴァイスハイト・リアライズ以外に8人の受け持ちの生徒がソファーに腰掛け各々過ごしている。
今日は学院の授業のない休日なのだが、なぜか受け持っている八人の生徒たちがやってきて寮の談話室のソファーに座りゆったりと過ごしている。
「ねぇ、先生。先生はさぁ、どうして教師になろうとしたわけ?元々は優秀な騎士だったんでしょ?」
聞いてきたのは僕の受け持っている八人の生徒の一人で、同年の女の子の中では小柄で、背中より少し上くらいの長さのピンクの髪を首筋の辺りで所謂尻尾テールで纏めている。
名前は≪アエリエル・ルース・アルマーズ≫。
≪エデン王国≫の名門貴族として名が挙がる≪アルマーズ子爵家≫の出身の子だ。
アルマーズ家は武門の有名所で、優秀な戦士や騎士を輩出している。
彼女はそのアルマーズの血を受け継いでおり、近接戦闘において、特に打撃戦においては秀でた才を持っている。
ただ彼女は、生まれ持っての魔力が殆どない。だから魔力を用いる≪魔法≫が彼女は殆ど使えない。
魔法が使えないその代わりに彼女には”怪力”と言う武技能を有している。
彼女は実直な性格をしており、特に強い者と戦うのに楽しみを持っている。
だからよく彼女から模擬戦を頼まれる。
身体を動かすのが好きな反面、彼女は勉学は苦手だ。嫌いと言う領域で座学はサボろうとする。無論サボりなんて僕は認めないから。サボろうとした強制連行である。
「それは私も興味がありますね。貴方の事は父からよく武勇伝として聞かされてましたし、、武芸、魔法ともに最優秀な能力をお持ちなのです。騎士であったのであれば、より多くの功績を残せたのではありませんか?」
エル(アエリエルの愛称で、彼女が認めたものにしか呼ばせないらしい)との話に加わる様に声を掛けてきたのは受け持ちの八人の一人で、受け持ちの八人の頭脳と言える少女。
青緑の首元のくらいの長さで整えているショートヘヤー。
彼女はあまり視力がよくない。だから出会った当初はよく睨む様に凝視された。今の彼女は僕の贈った視力補正の効果がある”メガネ”を掛けている。
名前は≪リディア・ルビィ・デュランダル≫。
彼女もエル同様に≪エデン王国≫の有名な貴族の家で、≪デュランダル侯爵家≫の出の少女だ。
デュランダル侯爵家は戦略家と称されるほど有名で、かの家が指揮を執った戦いでは勝利を呼ぶとか。
実際彼女の父君である侯爵様が指揮した戦は勝利を呼んでいた。なぜ知っているかはまだ騎士だった頃に彼女の父君と共にあの≪北の国≫との国境戦線に参加し共闘した事があるからだ。
そして彼女も先に告げた通りで僕の八人の生徒の中で一の秀才で、その頭脳から発揮される策謀は優秀である。
ただ本人も認めているのだが、彼女はあまり体力がなく、武芸はからっきしである。魔法の適正はあるが、他の者に比べて能力は低いと言える。
彼女は真面目な性格をしており、苦手である武芸訓練にもしっかり参加してくれる。
『軍師たる者あらゆる状況を想定し、いざと言う時に対処できる力を有しいないと』と。
座学をサボろうとするエルに見習ってほしいな。
「うん。私も気になるね。教官が私の家と同じ≪騎士公≫の身分を捨て今の教師となっているのは」
さらに話に加わって来たのは僕の受け持つ八人の生徒の一人の少女。
赤い長い髪を三つ編みに編んでいる。目元はやや釣り目気味だ。
名前は≪アリッサ・メルク・マルテ≫。
彼女の家は、エルやリディア達の様な純粋な貴族での家ではなく、騎士の家系で過去にその成果を認められた功績から≪名誉騎士公≫となっている。
彼女の言通り、僕も名誉騎士公の身分を持っている。一応捨ててはいないよ?貴族や騎士公に興味がないだけなんだけど。
彼女は騎士の出と言う事もあり、”騎乗”の技能を有しており、槍の技量も秀でている。
また彼女は魔法適性もあり”氷”の魔法も得意で、槍技に”氷”魔法を加えた”魔槍技”を得意としている。
「……ねえ、アリッサ?」
「ん?なにかなエル」
なんだかエルがふるふる体を震わせている。それは――。
「なんで私の頭に手を置いているのかな?」
「…そこに丁度位置のよい頭があったからだが?」
「……ふふ、アンタは私にボコられたいってことでオーケー…」
「ん?いや、いつもなら受けて立つが、今は教官の過去を知る方が優先だから遠慮しておこう」
エルとアリッサの二人は互いによく喧嘩に発展する。
喧嘩するほど仲が良い、と言うけど……まあお互いに認め合っての喧嘩だから容認するよ。マジのは駄目なので介入して止めるけどね。
仲が悪いわけではない。でなければ隣同士に座ったりしないだろう。
あと武装戦闘の実力は八人の生徒達の中で彼女達が1,2を争っている。
ちなみにエルとアリッサからは競争するようによく手合いをお願いされる。
「セ、先生の過去…」
「うふふ、興味満々ですわねシスティラちゃん」
「ね、ねえさん!?そ、そんな……」
「うふふ、ある、でしょ?だって、わたくしも先生の昔に大変興味がありますもの」
「……うん。私もすごく、ある」
僕の受け持つ八人の生徒で、髪の色などの差異があるけど顔のパーツは同じ2人の女の子。
彼女達は双子の姉妹だ。
白色の長い髪の子がお姉さんで名前は≪プリシラ・オーグ・アーリアル≫。
紺に近い黒い長い髪の子が妹さんで名前は≪システィラ・オーグ・アポカリプス≫。
この≪エデン王国≫の貴族の中で最高位の地位を持つ家が三つ存在する。
≪大公≫の地位を持つ三つの家の一つ、それが彼女たち二人の≪オーグ家≫である。
彼女達はそれぞれに異なる才能を持っている。
姉であるプリシラは使い手の少ない”光”と治癒能力である”祝福魔法”の使いなのだ。
回復魔法は奇跡の術と言われており、腕の立つ者であれば欠損部位すら直す事が出来るのだ。また最高位に位置しておりどんな傷であろうと、命ある限りあらゆる負傷や不浄を回復させる”究極治癒魔法”もある。ただこれは魔力を膨大に消費するので一人で扱える類ではない。
彼女の治癒魔法もなかなかのものである。
妹のシスティラは姉であるプリシラの治癒の魔逆の適正である”闇”と”呪印魔法”の使い手なのである。
魔法の適性と保有している魔力量だけで言えば姉のプリシラより高い。
高い魔力に影響して、システィラの”呪印魔法”の力がより鮮明に出ている。その特徴として彼女の右目には”呪印魔法”の”刻印”が浮かび上がっている。通常であれば使用する時のみ”刻印”が浮かぶものだが、彼女の適性が高い事とまだ未熟な部分があり制御が不十分な為、常時展開している状態なのだ。
彼女はそれを隠す為にあまり相手に視線を向けない様にしている事と綺麗な黒の前髪で右目に流している。
受け持った最初は、彼女は自分の持つ”闇”の属性と”呪印魔法”の力に怯え不安定だった。
世間では特に”呪印魔法”は相手の状態変化、状態異常を齎す能力であり、意味合いが”呪い”に近い性質もあり忌諱され誤解を受けやすい。
しかし教会に嘱している聖職者の、特に最高位の者はこの”呪印魔法”を保持している。
それは婚姻を結ぶ場面、つまりは結婚を行う際に、誓いの場面で”呪印魔法”の”祝印”を刻む事で祝福を受けられるからだ。
「システィラさん、右目の方はどうですか?僕が重ねで”呪印魔法”を掛けていますので暴走等の不備はないと思います。けど何か違和感があればすぐに仰って下さいね」
「…は、はい。…大丈夫、です。あ、りがと…先生…」
僕は彼女の右目の”呪印魔法”に上書きするように重ねて僕の”呪印魔法”を掛けている。
それもあり彼女の不安はだいぶ緩和されているようで、影のある表情が多かったが少しずつ明るみが出て笑みを見せてくれることも増えた。
「先生には本当に感謝しておりますわ。システィラちゃんがこの様に笑えるようになりましたのも、先生のおかげが大きいですもの」
「いえいえ、僕は教師として当然のことですから」
「うふふ」
プリシラからの感謝と微笑み。始めはどこか作り物の笑みに感じていたのだが、今では純粋な気持ちの笑みを向けてくれている。
ふと背後に気配を感じた。
薄い気配。しかし首筋にひんやりとした感じを受けた。
またか…相変わらずの悪戯好きな子だ。と内心苦笑をしていた。
「このタイミングなら、先生今日こそは!……って、あれ?」
ソファーの後ろからばっと出て僕に抱き着こうとする女の子。
「まだまだ甘いですね。まったく困った悪戯さんですね、エレンさん」
さっと瞬間に躱しポンと僕の膝に座る形となるエレンさん。
「…っ!?」
「あぁ!?」
「むぅ!?」
「あらあら…」
「…あっ!?」
「……!?」
「――」
どうして僕の膝に座る形になっているの!?と不思議そうな彼女の名前は≪エレン・ミュルグレ≫。
ミュルグレ侯爵家の出で、鮮やかな緑色の長めの髪をサイドで纏めている。いわゆるサイドポニーかな。
ミュルグレの家はエデン王国一の諜報だと称されており、彼女もその才を受け継いでおり”隠蔽”と言う技能を有している。この”隠蔽”は気配を薄く周囲に同化することで相手に察知させない技能だ。
エレンの技能レベルも高く、一度技能を使うと”右眼の呪印”を持つシスティラ以外では彼女の気配を把握するのは難しいのだ。
もちろん僕には先程の様に気配を殺して近付いても分かる。
伊達に戦場経験者ではない。
だからなのだろう。彼女はこうして隙と称して悪戯をしてくることがある。
まあ僕に対しての成功率は今のところゼロだけど。
目標は僕の後ろに忍び寄ることらしい。
身軽さと俊敏性に関しては彼女は八人の中で一番で武器は片刃の剣≪刀≫と中間投射武器として≪苦無≫と言う武器を使う。
「さあエレンさん悪戯も程々に……どうかしたかい、皆?」
ジトーとエレン以外から視線を向けられているのに気づく。
ん?……嫉妬感?
おや?エレンさんもなにやら笑みを浮かべている?
何やら勝ち誇るような感じだろうか?
「……ヴァイスハイト」
僕の名を冷えるような女の子の声が呼んだ。
「ん?どうした、レスティさん?」
さらさらで綺麗な短めの金の髪のどこか王子様の様な雰囲気を纏う子に返事をする。
本来であれば畏まった礼節を持った発言をするべきなのだろうがそれを好んでいないので普通に声を掛ける。
理由は彼女が貴族のさらに上の地位に位置する血筋だからだ。
つまりは王族と言う事だ。
「お前はいつまで女性を膝にし抱きしめているつもりだい?紳士であれば異性に手を出すのは、特に教師であるお前がしてよいことではないぞ!辱める意図であればこのボクが許さんぞ!……まったく、なぜお前と言うやつはボクにしないのだ、それを…」
「ん?最後、なって言った?」
「な、何でもない!それよりも早く離さんか」
「えぇ~私は別に―」
『ギロッ!』
「はぁい~」
「もうちょっと堪能しても良かったけど、後が怖いし離れるね~」とエレンさんが僕の膝から「よっと」と離れていく。
その様子によしよしと頷き満足そうな殿下。
レスティール・エデン・エッケザックス。
それが彼女のフルネームだ。
エデン王族の血を持っている。継承権は13位と低いが本人は権威に興味は薄いから気にしていない。
彼女は優秀な才能を秘めており、八人の中では武術(主に剣技)、魔法、頭脳が優れておりオールラウンダーの実力を持っている。
特に≪火≫≪水≫≪風≫≪地≫の四属性を保有している≪理≫の力を持っている。
皆の王子さま!を自負おりそう振舞っている。
彼女こそがこの八人のリーダーなのだ。
僕も男と言う事で初めは女性しかいないクラスの担任と警戒されていた。
けどこの一か月間で信頼を勝ち取れたのだろうか、彼女の愛称である『レスティ』と呼んでよいとなった。
今では色々と手伝いをしてくれたりといい子だ。
「…師匠、ここなのですが、どう組み合わせるとよいでしょうか?」
「ん?」
視線のみを僕に向けつつ手元の魔道具の作成をしている少女。
名前はイリス・フォルブレイズ。
彼女はこのエデン王国の出身ではなく友好国である≪南国≫の出でこのエデン王国に留学をしている子だ。
南の国は砂漠地方で暑い気候が特徴なのもあり、肌が褐色の人が多い。
彼女もその特徴をしている。
薄めの紫の長髪をしており、前髪は後ろに流すオールバック風にしており額には魔道具作成の為、目の保護する為のバイザーを着けている。
身長は八人の中で一番色んな意味で小柄で本人も同い年なのにと気にしている。
職人肌で戦闘力は低い。≪火≫の属性を保有しているも魔法はそこまで得意ではない。
けど彼女は錬金、魔道具作成の才能を持っており、特に薬品系を得意としそれを武器にしている。
ただ薬品関係に関しては、ある日に起きた調合の失敗による爆発事故を起こしているので僕の監視の下でのみと言う制約をつけた。
その時に彼女は死にかけた。
僕の魔力の全てを注ぎ込んだ究極回復魔法で回復に至った。
僕が錬金に色んな魔道具を作成し保有しているのを知り、またこの事件を経て僕の事は『師匠』と呼ぶようになった。
あとは研究に没頭し授業をサボる時がある。
うん。サボりはいけません。
だから朝に彼女を呼びに行くのも僕の日課の一つになっていたりする。
彼女の今の目標は『成長薬』と『豊満薬』の完成をさせる事らしい。
八人、皆、それぞれの特色を持つ才能豊かな子達だ。
しかしなぜ休日に僕の住む教員寮に来ているのだろう?皆で街とかで楽しんだ方がよい休暇になると思うのだけど……学生時代の僕は訓練と研鑽ばかりだったけど。
え?此処は落ち着くから?
そんな癒し効果がこの寮にあったのか……。