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SHADOW HUNTER  作者: 狼月
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第41話【異世界四日目――実戦ハド2】

 弩に対するハドは攻めずに様子を伺っていた。大剣は将人に任せられるので、戦術思考からはあちらのシャドーを除外することができる。

 剣の達人は一度打ち合わせただけでお互いの力量を知る。自分の技量が自然と尺度になるためだ。その尺度に寄ると大剣のシャドーの力量と将人の力量では、将人へ天秤が僅かに傾くとされている。ただ、シャドーの実態はハドには未知なため、この天秤に100%の信頼はできない。弟子のためを思えば、身を案じ早めに片を付けたいところ。反面、良い武者修業になるので放置してみたいという心理も弟子のため。ギリギリの瀬戸際をスレスレで回避できたなら、それが最高の結果。倒せるのならこの弩のシャドーに一瞬でけりをつけて弟子を見守るのも手だ。しかし、それでは安全を保証してしまって将人の緊張感が欠ける。どうしたものか。

 初めて与えられた弟子を育てる機会。悩みが無いとは言い切れない。現状は目の前の敵を排除することが先決か。


 ハドには一般的な弩との交戦経験は多数ある。四方八方から射出口を向けられても臆することなく対処できる自信がある。攻めない理由は先刻切ることができなかった相手と同類という件。手応えは確かに無かったのだが、影を立ち上げたような存在を切るのだから無くて当然だと思い込んでいた。

 彼の嫌う通り名“斬鉄ハーディ”はその文字通り、鉄をも切り裂くことから由来されている。実際、鉄はおろか彼に切れない物は無い。剣、甲冑、盾、兜、いかなる防具や技術をもって、あるいは重ね合わせても彼の刃を弾くことは敵わない。間合いに入れば必殺。故に、いかに間合いを詰めるかが問われてきた。道場でハーディと口にした将人への警告――手裏剣も間合いを詰める手段の一つ。相手の飛び道具の軌道予測も一つ。間合いを駆け抜ける瞬発力も刀による受け流しも。白兵戦において敵がいない分、射撃に対する技術ばかりが習熟した。

 そんな彼に向けられる第一射。速度も精度も並。矢が暗闇に紛れる以外に注意を払う程の射撃ではなかった。試しに回避しながら矢の中程を切り払ってみたが、結果は大剣の本体と同様に切ることは不可能のようだ。


「ふむ。今回も完全に切ったと思いましたが、切れないか」


 独白。放たれた矢は背後の建物をも貫通していった。

 将人にも動きがあった。武器が愛刀の複製から短剣と片手剣へと換わっている。石畳に転がっている刀に遠目から変化は見受けられないが、司令官が青い顔をしている。あの大剣も矢と同じく貫通力が高いのかもしれない。

 もう一矢。大剣へ視線を向けながら涼しい顔で事もなげに矢を躱す。発射間隔は弩にしてはかなり短い。弩の機構は弦を引いて、矢を装填し、狙いを定める。このため総じて連射には適さない。しかし弩のシャドーに操作する手は見当たらないため、弩の姿をした射撃武器と捉えた方が無難な様子。

 三本目の矢。粗雑に連射するのは相手もなりふり構ってられないらしい。それは将人が大剣を押していることが起因していると推察される。弟子を恐れて師を恐れないとは何事だろう、と一考。単純に、ハドにこのシャドーが切れないからだ。そこに思い至らない師ではないが、何故切れないのか。


「この世に切れぬ物は無い。それに絶対の自信はある。しかし、この影は切れない。それはそう、当たり前じゃないか。ワタシに影を落とす物は切れても、影自体は切れない」


 合点がいく。明るい中で光の少ない部分が暗くなり、その部分を影と呼ぶ。影は結果。結果が原因になりえないのに、シャドーという存在は原因になりえる。結果なのに原因になる存在――それは一種、霊と呼ばれるモノ。弟子に切れて、師に切れない理由は切るモノが違ったからだ。ハドは物質だけを切ろうとしていた。

 弟子が捨てた刀がその構成を解かれ、塵に還っていく光景がハドの目に映る。


――構え直し《リ・フォーム》


 それは合言葉。

 ハドは二刀流だ。しかし、文字通りの二刀流ではない。“刀の流派を二つ”持っている。二つは混じり合うことは絶対になく、そのために持つものはどちらか一つしか振るえない。

 一に、此岸流しがんりゅう。この世の全てを断ち切る流派。

 二に、彼岸流ひがんりゅう。あの世の全てを断ち切る流派。

 切り替え《スイッチ》をすることで二つを持つ。


――彼岸流“前”

 刀を鞘に納め、正座をし、さらに手を膝に乗せ、半目を伏せる。攻撃とは掛け離れた振る舞い。


 主物質界であるこの世界――将人の世界と同じ基準にある、此岸と呼ばれる世界――において振るう刀は自然に物質を切る。物を切るために普通なら此岸流だけしか顕れない。

 しかしながら、物事には例外が付き物。ハドの愛刀を始めとして霊格を備えるものがある。それらを切るのが彼岸流。見えない物、霊、魂、縁。それらを切る儀式的なモノが源流にある。


 合言葉でハドの精神がスイッチした。

 シャドーが竦む。殺せる気迫が脅威になりえたのだ。

 ハドの剣は物質だけを切ってきた。そして物質と霊質、どちらかしか切れない。将人ら凡人は、切れる物質は限られるが物質と霊質を同時に切ってきた。物に備わる霊質も一緒に切れてしまうのが普通。ハドはどちらかに偏らせているから、どちらかを絶対に切ることができるのだ。正体を看破した今ではハドに切れないシャドーは無い。

 霊質に温かさは無い。物質には温かさがあるので相対的に霊質は冷たく感じる。心霊スポットが寒いのはこれに起因する。

 現在、ハドの周囲は冷たい。霊質に同調しているからだ。

 シャドーの射撃、その瞬間――ハドは目を見開き神速の居合斬りを放つ。鯉口を切る、刀を抜く、鞘引き、片膝を立てる。その一連の動きは流麗にして迅速。矢よりも速く、的確に片手横一文字が矢を落とす。続けざまに擦り足で間合いを詰め、両手で振りかぶる。“前”の型は横一文字、振り下ろし、血振るい、納刀、さらには再度座るところまで、全てを指して“前”というのだ。あまりの速さにシャドーに抗う術は無い。

 シャドーを切り伏せ、無心の域で刀をしまう。最初の算段通りにことが運んでも、一喜することなく、完成された侍は静かに座っていた。

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