第40話【異世界四日目――実戦、将人】
「では前線司令部はワタシが立つとして、マサト君には大剣の方をお願いします。ワタシは弩の方を。それでいいですね、総司令官?」
将人が戦える状態になって戦力比は四対二。キョーコはサポートに、レイは命令にそれぞれ徹するとして、実際の頭数はやっと二対二になったところだ。
シャドーの慣例から、この二体は対になるシャドーと推測される。レイの経験からも、他のハンターの報告からも、そういうシャドーは知られている。また“対になるシャドー”というよりも“体は離れているが、一体のシャドー”という表現が実態に近いケースもある。前者を“対”、後者を“同一体”と区別するも、見分けは付け難い。一般に“同一体”は各々が同じ姿をし、“対”はどちらも似通った姿をしているとされている。これらの表現にはシャドーの基本的な習性に“徒党を組まずに行動する”ことが見出だされていることからも信憑性がある。徒党を組まない理由は不明。組する頭脳が無いのか、実はそれぞれ別種の存在なのか、説は尽きない。どちらにせよ消滅させる対象に外ならない。
様々な観点から見てハドの選択はレイの快諾するほど的確なものだった。様々な観点には将人への配慮も加わっている。将人は遠距離武器との交戦経験は浅いからだ。ハドは将人の未熟さを稽古で十分理解している。反面、シャドーへの知識が無いにも関わらず最適の選択をするハドのポテンシャルは計り知れない。
「ああ、それが妥当だろう。戦術は任せる。好きにしろ」
「了承を得たので行きましょうか、マサト君。相手は未知数ですから注意を引き付けるだけで良いですよ」
「わかりました」
相手も未知数なら、味方も未知数だ。底の知れない綱渡り。落ちても底はすぐなのか、果てしないか。どちらかすらも無知故に、幸か不幸か将人の恐れも少ない。
シャドーの陣形は相変わらず大剣を前に弩で援護するもの。将人とハドも同じく前後に展開。その陣形から将人が大剣と接近し、ハドが回り込んで弩と対峙する。
大剣は縦に振り下ろされる。それを先刻のハドと同じように将人は剣を逸らすように構える。大剣の刃を刀の鎬で受け、滑らせる。返す手でシャドーの体に一閃、完璧に真似た。はずだった。
受けた瞬間、不思議と手応えを感じない。それはイコール受け損なったことを意味する。時間にして1秒の四半にも満たない間隙。将人は反射的に刀をそのまま盾にする形でサイドステップして距離を空ける。
握る刀に違和感を覚えた。大剣を受けたところから先が僅かにぷらぷらする。
「おかしいって、これ……」
刀身は七分までが断ち切られていた。直線に見える亀裂の幅はほとんど無い。事情からしてあの大剣に切られたのだろうが、硬く靱かな鍛鉄を何の抵抗も無く押し切る切れ味は理解の範疇を越える。
「気を抜くなマサト! 次が来る」
総司令、レイが将人に警告を促す。大剣のシャドーは刀を断ち切ることがさも当然のように追撃を始めていた。おそらく、次もまともに受けたなら刀は使い物にならなくなる。
大剣を受け流すから切られる。難無く弾いてみせたハドと将人は違うのなら、違うことをすればいい。弟子は師に真逆の道を極めると言い放ったではないか。
「キョーコちゃん!」
未完の侍は刀を捨てた。代わりに銀の少女を呼んだ。地面に落ちた刀は露と消え、新たに剣が握られる。輝きは双子。奈落の闇刃を閃きは横から払う。
将人の短い呼び掛けにキョーコは迅速かつ意思を反映してのけた。銀の少女は嵐に置いても止水。もともとそのような機能を持っていたが、レイ以外の人間に発揮したのは初めてのことだ。
「ナイスだ、キョーコちゃん」
折れかけた刀を未完の侍――将人は捨てた。敵を目の前にして丸腰になる度胸はいったい何処から来るのであろう。呼び掛けにキョーコが応える根拠も無い。しかし、将人にとっては自明の理のよう。頼るのは思考を挟まない勘。勘に筋道は要らない。勘以外に頼れるものなど彼には何も無い。
将人の意思が反映され、キョーコが手掛けた二刀。右手のダガーは鍔に指掛けが付いていて握りやすく、左手の剣はへの字に反る両刃刀、所謂ククリと呼ばれる種類の物。
袈裟に振られた大剣を体捌きと払う右手で相手の懐、左奥へ。“切れ味が鋭かろうと、刃の付いていない側面から軌道を逸らせば安易に弾くことができる”という道理に今、彼の思考が跳躍している。全てを勘だけで正解へと自分を導いてしまう勢い。ふと彼の頭に残ったのは、払った大剣が見かけよりかなり軽かったこと。
今度は逆袈裟にククリを振り上げ、本体の首を撥ねる。しかし、シャドーが事象に近いとはいえ生き物さながらに振る舞うのだ。生存本能が働くように首を反らし、致命傷を回避する。
次なる一手は右の短剣。鋭く突くと戻ってきたシャドーの大剣の腹に防がれる。
これ以上は無理。将人はそう判断し距離を取る。引き際というものは肝心だ。この場合、命に関わる。ただそんなことは実のところ、ここ四日の将人には連夜のことで、特別なことではないという認識ができ始めていた。
熱くなり始めた精神を空冷するようにスッと息を入れ直す。追い詰められると取るべき選択肢が無くなる。そうなったら勘が意味を成さなくなる。息は留めていた方が集中できるけれど、必ず継がねばならない時が来る。ここで息を吐くのは自分を律するため。抜くのとは意味が違う。
ダガーを前に構え直し、ラウンド2・セカンドフェイズ。それも僅かな時間で終わる。
次の話は閑話休題、ラジオ風味のシャドーハンターになります。略してシャドハンラジオ。
質問は10月26日現在も受け付けていますので、まだ間に合います。是非ご応募ください。