第4話【昼のワルツ(1)】
空に浮かぶ雲は慌ただしく流れ、まるで地表の真似事をしているようだ。
寄せる人波。賑わう通り。人馬の往来は活気溢れる街の潤滑油。
まだ名前も知らないここは、日本とは様式がかなり異なっている。赤レンガの建物と昼間は休業中のガス灯はいい例だ。
「もう少し速く歩いてくれない?」
どこか不機嫌そうな彼。瞼を閉じれば女性の声にも思える少年の声はオレにかけられた。
墨を流したような黒髪に藤色のローブ姿。それだけで人目を引いてしまうのに、端正な顔立ちは女の子にも見えて、オレは一瞬どきっとした。
「レイちゃん、無理させちゃだめだよ! この子、まだ怪我してるんだから」
一段と高い声と共に、彼――レイの奥から幼い少女が飛び出てくる。若草色の髪をツインテールにした活発そうな女の子。
外人だろうか、とびっきりにカワイイ。将来は美人さんだな。――て、オレおやじ臭い?
「あー、変な顔してる。怪我人あつかいされるのがいやなんだ」
オレの思案を余所に少女は一人合点を推し進めていっていた。変な顔って、顔に出てたのか?
少女はふと唐突に眉をひそめた。
「ねぇ、レイちゃん。この子の名前、なんていうの?」
そういえば、この女の子に名前を教えていなかった。
「オレの名前は将人。神村将人だ。君の名前も教えてくれるかな?」
少女の幼さからつい優しい口調になってしまう。それにしても、レイに聞いているのにオレが答えたのはお門違いだな。
「カミムラマサト? マサトちゃんだね」
少女はオレのおかしさを意にも留めず、「マサトちゃん、マサトちゃん」と名前を繰り返しては小躍りしていた。
「ねぇ、フーカ。ステップ刻んでないで自己紹介でもしたら」
ぴょんぴょん跳ねる姿に嘆息した保護者。彼はそっと少女を諭した。
すると、直ぐさま小躍りを中断して少女はオレに向き直る。
「ご紹介遅れました。フーカと言います。姓はまだありません。フーカと気軽にお呼び下さい。以後、お見知りおきを……」
スカートを持ち、深々と礼を添えて少女は淑女に変身した。最後に、「でいいんだよね、レイちゃん」が無ければ完璧だったろうに。
「マサトちゃんの怪我はあたしが責任持って治すからね」
意味ありげな言葉を付け加えてフーカはまた小躍りを始めた。
怪我……。まだハッキリと覚えている。夢のような現実の出来事? はたまた妄想?
確かなものはレイに連れられて、どこかに行こうとしている事だけ。
歩いていくと、徐々に空が開けていった。両側から圧迫する赤い壁は失せ、オレの不毛な思案は霧散、人波は混濁を極める。
「どうした? なにか珍しいものでも?」
珍しい…だろ。テレビでしかこういうの、見たことないから。
前方には巨大な河が雄大に平然と流れている。やっぱり、夢だよな。