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SHADOW HUNTER  作者: 狼月
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第37話【異世界四日目――修業から実戦】

 マサトが目を覚ました。その日の午後十時半の頃だった。稽古を終えてから五時間になる。

 起き上がり、節々を伸ばして体調を確かめる将人の様子は、まるで寝起きの猫のよう。表情からかなり疲れが見えるが眠る前よりもマシになっているのが判る。


「こんばんはマサト。職務の30分前に起きるとは殊勝な心掛けだな」


 私は彼の起きぬけに皮肉を浴びせた。それでいて綺麗に正座をして湯呑みを傾けている。


「あー、って、いつもはもうちょい早いよな。待ってたのか?」

「いいや。今日はそういうシフトだ、というかシフトを替えてもらっておいた。言い忘れてたが、仕事は四時間交代なんだよ。ちょうど七時から七時までの十二時間。始めの四時間をイブニング。真ん中のをミッドナイト。最後がアーリーってね」


 そうなると今日はミッドナイトとなるわけか、とマサトが呟いた時、道場の奥から金髪の優男が微笑を称えて現れた。手には昼間と同じく盆。盆の上には茶碗と急須。


「お腹が空いたでしょう、マサト君。我々はもう食べてしまったので、あとは君だけです」


 道場主も正座して一杯の茶漬けを将人に振る舞う。一連の動作は慣れたもの。というのも、彼のレパートリーには茶漬けしかないそうだ。毎日漬け物と一杯の茶漬け、三日に一回焼き魚があれば最高。先程、同じ物差しの上にいる私から『実につましい生活だな』と言われたくらいの筋金の入り様。

 どうでもいいことなので、マサトの耳にそんな事情は入っていかなかった。


「シャドーハンター、でしたね。夜の治安維持部隊とでも言いましょうか。くどいようですが貴方達はその職業で間違いありませんか? とてもではないが、ミランダほど屈強そうには見えないもので」


 ミランダの名前に少しむっとしながら、道場主の言葉の真意を見定める。要は私が強そうに見えない、と。


「私は司令官さ。戦うのは駒だ。王が先陣を切ったら負けなのは当然だろう」

「この弟子一号も駒の内ですか? 有能には思えません」

「足止めには使える。足止めにしか使えないとも言えるが、使い勝手が悪いわけではない」


 今度は食事中のマサトがむっとした。しかし、黙っているところを見ると、彼自身その役割を理解しているということだ。

 攻撃の駒がローカなら、防御の駒はマサトだ。フーカは攻防一体だが、ローカに比べると火力は見劣りする。差し詰め、キョーコは防御補助。マサトに武器を持たせて延命力を上げれば大勢は盤石になるというもの。


「ふむ。マサト君はオフェンスよりディフェンスの役回りですね。知りませんでした。これでは今日の稽古は無意味です」


 道場主はさも考えているという風に腕を組んだ。私の目から鑑みるにとても無駄ではなかったと思うのだが、師である彼は意見をたがえている様子。実際、マサトの動きは良くなった。師から一本取る実りは伴わなかったが、それは結果でしかない。動きの最適化へ僅かずつながら前進している。

 師はその育成が誤りであったかのように口を開いた。


「ワタシの剣筋は攻撃のものです。流派の理念が『殺される前に殺せ』でして、もっと分かりやすく言うと『先の先』となります。攻撃は最大の防御と言うには語弊が生じますが、死ぬ要因を排除すれば死にはしないということです。故にマサト君が学ばんとする防御の剣をワタシは教えられない。ワタシの教えはマサト君には無意味なのです」


 一通り話しを聞いて沈黙が立ち込める。マサトが歩まんとする道とハドが歩んできた道は同じではないらしい。剣の道の派生の先が異なるとは、私には想像の上を行っていた。この事をマサト本人はどう思うのだろうか。 

 道場主からマサトへ視線を移すと、マサトの顔には不安よりも自信が強く顕れていた。

 この数時間を徒労と言われた上で、何故そのような顔ができるのか不思議でしかたない。


「先生の在り方が究極の攻めなら、それを凌ぎ切れば究極の守りが出来上がり。それでいいじゃないか。十手で詰むなら、十一手目を編み出せばいい。百手で攻撃が終わりなら、その百手を守り抜く」

「これは驚いた。究極の守りとは簡単に言ってくれますね」

「簡単に考えないとやってらんないから。足手まといはもうごめんです」


 最後の言葉にマサトの本心が滲み出ていた。足手まといになる――そんなことはない。むしろ助かっているくらいだ。

 不安一分、自信九分。いや、自信は意志の力で演出しているに過ぎないだろう。心の中はほとんど不安なのに強がっている。さっきは不思議に思ったが、彼の言葉で強がりを理解してしまっていた。


「なら、せいぜい頑張ってもらわないと困るな」

「おう。任せとけ」


 こんな言葉しか口にできない自分が恨めしい。張り詰めた弦にさらなる負荷をかけるのはとても残酷なことだ。

 自分の気持ちを理解して、マサトの気持ちも理解して……。理解しているからこそ、この状態を維持していたい。マサトが私の事を知ってしまう日が来たなら、きっと今と見方が変わる。

 マサトは私を守るために技術を身につけようとしている。

 私は私の妄執のために自身を切り売りしている。

 マサトはフーカらと笑い合っている。

 私はフーカらを道具としか思っていない。


「いこうぜ、レイ。仕事なんだろ」

「ああ。そうだな」


 だからきっと見方が変わる。

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