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SHADOW HUNTER  作者: 狼月
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第36話【異世界四日目――修業(5)】

「剣の心得があると聞いてみれば、この程度ですか。無聊を慰めて貰えるとは思いませんでしたが、残念です。本気でマジで全身全霊でかかってきなさい」

「いやもう限界、先生! てか、すでに本気ですから」

「限界は越えるためにあるのですよ」


 切り掛かった剣を払い、返す手で首に最後の一撃をもらい、オレの体はバタンと倒れ、意識を保ってピクリとも動かなくなった。この日、三時間の実践稽古。結果としてハーディ――いや、ハド先生にオレの剣は掠りもしなかった。

 大きな窓から外は西の空がまだ僅かに黄昏色に染まっていることを知る。道場に唯一存在する家具は時針をちょうど五時へと向けていた。

 実践稽古は刃引きされた模造刀を使ったもので、重さはもちろんのこと、防具が一切無いので全身に痣が出来る始末。学ランを汗みずくにして、今はレイに介抱されている。男にひざ枕されるってのも、なぁ。贅沢は言ってられないか。


「袖を捲くると痛々しい。真剣だったら十本は切り離されているな。最後の首もブンズ色に」


 腕だけじゃない。配慮からか頭は無事だが、胴や大腿部、ひいては爪先まで、ヤンキーも斯くや――まるでイジメ――見えないところを打ち据えられた。模造刀と言っても鉄の棒で殴打されたのと変わらない。絶妙な力加減で骨こそ折れていないものの、腫れもひどい。

 しかし、哀れみの目で見られるのは怪我よりも辛い。無力をねちねちと問われるのも身に染みる。


「真剣ではなく、模造刀とはいえど人は殺せます。“突き”で心臓を一撃の下に貫いたりね。そこを勘違いしないでください。貴方の命はワタシの手中にあると言ってもいい。ああ、真剣使えばそれだけ真剣になりますか? 真剣だけに」

「い、いや、それは無茶ってものが」


 一語一語を紡ぐのも大変になってきた。ハド先生は物騒だし、模造刀を持たせただけで何も説明は無いし。技術は目で盗めなんていう職人気質かたぎなのだろうか……。

 竹刀の扱いには慣れているんだ。形は違うが、真剣だって触れたことが無い訳でもない。キョーコちゃんから渡された剣がそれだ。つまるところ、相応の技術が欲しい。最低条件はシャドーと戦って生き延びること。倒すのはローカやフーカちゃんの仕事。これ以上、レイの足は引っ張りたくない。


「服装から軍の士官候補生かと思ったんですが、ずぶの素人ですね」


 ふとハド先生が漏らした。そして最初にレイからもそんなことを言われていたのを思い出す。学ランはこの世界での士官候補生および士官学校生とやらの制服に似ているようだ。

 もしかしたら学ラン=士官候補生制服なのかもしれない。士官と言うからには軍属なんだろう。なるほど。剣の鍛練を受けているはず、と言われるのも当然か。もっぱらイメージでしかないが、旧日本軍も軍刀片手に世界大戦を渡り歩いたと聞く。


「これがオレの住んでたとこの標準なんです。学び屋の制服です。もう遅いかもしれませんが、オレは軍人でも、その見習いでもありませんよ。最初にシャドーハンターだって言いませんでした?」


 オレは少しぶっきらぼうな調子で弁明を口にする。勝手にすねて不機嫌になって。体が動かない分、気分だけは妙に空転していく。気付けば愚痴をこぼしていた。


「いつの間にか知らない場所においてきぼり。化け物に命は狙われる。拾った人間は親切だったけど、物事の仕組みがてんで分からない。全く理解不能! 提案されて師事した道場も、他人をぼろ雑巾みたいにボコボコにする。もううんざりだ」


 ぐちぐちと、ねちねちと。不思議と、涙は枯れていたのか出なかった。長いこと言葉を発して、もともと荒いでいた呼吸が殊更に乱れた。返事は空を打ち、乱れた気息だけが道場の音になる。


「シャドーに自ら関わるのは奇人か変人、はたまた狂人。今の話しを聞く限り、マサト君は巻き込まれただけのようだ」


 少ししてハド先生は聞いたことのあるフレーズを持ち出した。一体どこで聞いたのか、僅かの逡巡のうちに思い出す。昨日聞いたフレーズだ。あれは槍の魔術師がミランダさんを皮肉った言葉だと思っていたが、シャドーに関わりの無い先生も知っているし、何故かレイも渋い顔をしている。ワルツのみならず、この世界の共通認識で間違いない。


「シャドーに自ら関わるのは奇人か変人、はたまた狂人。オレは自由意思無く関わったとして、ならレイはどうなんだろう」


 気付けば思ったことを口にしていた。口は災いの元とも知らずに。

 レイは自嘲気味に高笑いしながらオレに視線を向けた。そして一言、『狂人だよ』と呟いた。

 普段の優しげな雰囲気を逸脱した殺気。どのような境遇を経たら、オレとそう変わらない年齢の彼に、ここまで冷たい表情をさせるのだろう。シャドーと戦って、身の危険を感じた時に、背中に冷たいものが走ったことはある。しかし、それとは異なる冷たさをレイから感じる。

 レイが狂人な訳が無い。狂人って何だよ。続く言葉はいろいろあるが、明らかな拒絶は二の句を奪い去っていった。


「さて。もう夕餉の時間ですが、どうしますか? 詳しく存じ上げないのですが、貴方達の職業は夜の仕事でしょう」


 あくまでにこやかに。優男は暗に『そんなにずたぼろで仕事に支障ないのか?』と訊いてきたのだ。

 良い意味で気が散ったオレは目線だけでレイに判断を任せると、仮眠という名の(いとま)を貰うのだった。

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