第35話【異世界四日目――修業(4)】
奥の部屋から戻ってきた金髪の彼。手には盆。盆には急須と人数分の湯飲み、茶請けの饅頭。将人がワルツに来て初の緑茶が振る舞われようとしている。
「お茶だけはこだわってまして。良い緑茶はなかなか手に入らないんですよ。ワタシは遠い地方の出なので、この味が忘れられません」
感慨深そうにハドは急須を傾けていく。湯飲みは注ぐ前からほのかに温かい。そして急須を揺すらないのが彼の流儀というかこだわり。曰く、揺すると余分な苦味が出るそうだ。
三人一緒にまずは一口。将人は懐かしい味にホッとする。異世界にやってきてからというもの、紅茶やハーブティーを振る舞われてきた。舌に合わないことはないが、やはり日本人は緑茶が似合う。
「紹介状にあったマサト君は、君かな」
「あ、はい。神村将人と言います」
軽く自己紹介をする。ワルツを訪れてあまり日が経たないこと、剣には多少の心得があること、年齢、その他職業など。信じてもらえないだろうから、異世界人であることには触れず、時にはレイに補足してもらって話しを進める。
「ふぅむ、ミランダの同業者ですか。ワタシの出身地にはシャドーなんていませんでしたからあまり馴染みがありません。ここに居を構えて幾年か経ちました……。よく言われるのが『命が惜しければ日が落ちてから出歩いてはいけない』なんですよ。暗黙の了解と言うか、子供に教え付ける意味で」
朗らかににこやかに。金髪の彼は彼らの一般常識――それこそ、幼子でも知り得る情報――を語った。何のことも無いが、将人には割と大きな情報だ。
「一応なりとも、シャドーについては私達が専門だ。出現率からすれば路上が1番危険なんで『命が惜しければ……』と言うのは的を射ている。稀に室内にも出現するが、せいぜいがネズミ大。月明かりを完全にシャットアウトしている家屋に被害は報告されていない」
金髪の彼に調子を合わせて、レイは将人の頭にも情報を残しておこうと考えた。将人があまりにも真摯な表情をするものだから、説明不足を痛感している。分からないことがあったら訊くと良いとは言い含めていたが、そもそも何も情報が無ければ疑問すら抱かない。そこら辺、レイは失念していた。
聞くに徹する者、一人。修業そっちのけで会話を弾ませる者、一人。使命感からとはいえ会話に乗る者、一人。当初の“将人強化計画”は出鼻を挫かれている。
「今まではどんなシャドーを見てきましたか? 実を言うとシャドーなんて見た事もありませんので」
「まあ、シャドーを見て生きている者は市井にも僅か。ある意味、伝説的。万が一に備えて、浅い眠りについている者も少し。私達が安眠を支えていると言っても過言ではない。失礼、話しが逸れた。……シャドーの種類はそれこそ星の数。見知っている姿、伝え聞いている姿は全て存在すると思っていい」
「ふぅむ。犬とか猫とかみたいなのを勝手に想像します。なんだ、ワタシにも切れそうですね」
「それと、色は全て真っ黒だ。その名が示す通り、影そのもの。ツヤも模様も無く、闇夜よりも黒々としている」
しばらく話しは続き、お茶も冷めた頃。盆を下げて、ようやく将人の稽古が始まった。その後、将人は秘められた才能を開花させる――こともなく、ボロ負けするのでした。