第33話【異世界四日目――修業(2)】
うんざりするほどに長い橋を往復して赤い街に戻ってきた。オレのパワーアップのため、ミランダさんに道場を紹介してもらうのはレイからの提案だった。最近キョーコちゃんから剣を渡されるわけだが、扱いに困る。だから道場の案は良いと、自分でも思ったのでそれに賛同した。
「D・25、4−15−3。住所だとここのようだな」
やってきたのは街の外周に当たる場所で、一歩街の外に出ればそこからは荒野が広がっている。北の遥か遠方に天険の山々が連ね、残す地平は全てさら地。レイの説明だと隣の街へは馬車で三日の距離とのこと。さながら、ここは砂漠のオアシスということだ。流通拠点になるのも自然な流れになる。
ミランダさんに紹介された場所は目の前の建物で合っているらしい。赤い色調こそ街並みと変わらないのだが、五階建てに対象的な平屋の家屋がこじんまりとした印象を与える。この辺りは地盤が安定しているらしく、ヨーロッパのように平均して背の高い建物が多い。
『ワルツで道場を開いている変な人間を一人だけ知っている。そこを紹介しよう』
『――て、変な人が一人なんですか? 道場を開いている人が一人なんですか?』
『よくぞ訊いてくれました。どっちもなんだな、これが』
ケラケラと笑っていたミランダさんとのやり取りを思い出してみた。家主は変な人間らしい。そして道中のレイに言わせてみれば、「変人の変な人間は逆にまともだよ」ってことらしい。ミランダさんって変人なんだろうか。判断基準を持ち合わせていないのでどちらとも言えないが、悪人とも思えない。当面は味方と認識しても良さそうだ。
「さ、入ろう。あいつの紹介なら確かなはずだ」
タンスのような重い樫製の両開きの扉を開ける。開けるのにも一苦労だ。
すると、奥を見たレイがそろそろと悪戯でもしそうな雰囲気で扉と距離を取っているのが視界の端に映った。そして数瞬。何かが飛んできて視野は反転、下敷きに。下敷きなって何かが何なのかを理解する。
「鬼! 悪魔! 人で無しッ!」
「おやぁー? まだ口を動かす元気がありましたか。手加減をミスしたようですね。次はちゃーんと意識を残して、瞼一枚動かせないくらい痛め付けてさしあげますよ」
人が放物線状に飛んできたのだ。大の男に潰されて自覚する分、鈍だと自嘲していい。だからレイは離れたんだな。
オレを押し潰していた男は犬もかくやという速度で尻尾巻いて去っていった。
「貴方も間が悪かったですね。しかし失礼しました。怪我はありませんか?」
男を吹き飛ばした張本人は敷居を跨ぐと、オレに手を差し延べてくれた。鬼だ悪魔だと罵倒され、揚げ句の果てには変人に変人呼ばわりされる人物。どんな怖い顔をしているのかと思いきや、金髪碧眼の優しそうな男性だった。
「人で無し、か」
「おやぁー? ここにもコテンパンにノされたい人がいるようですね」
「はは、遠慮しておく。それに仮にもお客様だ。お茶の一杯でも飲まないとな」
「では丁重におもてなしさせていただきます。悪意あるお客様にはそれなりの礼を尽くさなければなりませんからね」
……優しそうでも性格に難あり。いかんせん血の気が多い。この人が唯一にして、これから師事することになる道場主だった。
※ちょっとした解説。
将人のいるワルツは一辺が二十五キロメートルからなる正方形の街であり、一キロメートル毎に区分けされています。南北を北からA〜Z、東西を西から1〜25と設定され、住所はこれを合わせて何丁目何番地何軒目と記載します。番地は区画毎に異なります。よってレイの台詞にある『D・25』とは、北東――グラフで言う第一象限――に位置することになります。将人は知らないので作中では割愛させていただきました。
ちなみに、『○・13』は河で、M区画のど真ん中に太い通りがあります。レイ宅は『M・14』区画。