第29話【暗闇スクランブル(3)】
ミランダさんが呆気に取られた様子でシャドーを見上げると、太い腕が振り下ろされた。至近にいたミランダさんは直ぐさまバックステップでそれを躱す。石畳へ到達した腕は地面を刔り砕いた。桁外れのパワーは昨日出会ったドワーフ型シャドーに匹敵した。
距離をとったことで全貌が明らかになった。巨躯に脚部は見られず、足の無いヒキガエルの様相を呈したその丸い体はのっぺりと黒い。
眼や鼻といった弱点らしい弱点は見当たらず、ミランダさんの銃がどのくらいの火力を有しているか分からないが、ローカの火炎ほど威力があるとは思えないので、このシャドーを一撃で仕留めのは難しいだろう。いくら現代の主力兵装である銃と言えど、装甲板を貫通しうるのは一握りであるからだ。
「こんなの大砲でも無いと相手してられなさそうだね。さっさと逃げよう」
ミランダさんが提案し、それに乗る。しかし、キョーコちゃんは立ち止まった。
「何してるのキョーコちゃん。急いで逃げよ……う?」
途中で言葉が喉に詰まった。キョーコちゃんの横に時代がかった白兵戦用の迫撃砲が突如として姿を現したからだ。いつもながら、何処からそんな物を取り出すんだろう。この前の剣といい、タワーシールドといい、ランタンといい、軍略的な香りがぷんぷんする。
キョーコちゃんは松明を掲げ、テキパキと迫撃砲の導火線に点火する。すぐに発射の爆発音と着弾の爆発音とが狭い通路に轟音を鳴り響かせる。耳を塞いでも鼓膜が破れそうだ。
「ミランダさんが『大砲があれば』みたいなこと言うから、キョーコちゃんが本気にしちゃったでしょ!」
「仕方ないじゃん! こんなことできるなんて知らなかったもん!」
お互いに耳鳴りがするのでオレとミランダさんは大声で会話する。
隣にいるキョーコちゃんは目を輝かせて敬礼している。バックグラウンドにミリタリーマーチが聞こえてきそうな立ち姿。キョーコちゃんってこんなにハチャメチャなキャラだっけ?
たゆたう黒煙が晴れた。シャドーは健在で、変わった様子は何も無い。
「……やっぱ逃げよ」
「……そうしましょう」
オレとミランダさんは敬礼するキョーコちゃんを引っ張って猛ダッシュ。子供と影に戦慄を覚えたのはミランダさんも同じなはずだ。
ズズズンと地響きを鳴らしながらシャドーが追ってくる気配がする。首を回しすと、巨体が回転しながら猛スピードで進んでくるのが見える。シャドーの姿は暗闇よりも黒々としていて夜陰に紛れず、逆に判別しやすい。
ここは赤い建物が織り成す広大な迷路。細い道もあれば、太い道もある。次の十字路を右に曲がれば人が一人通るのがやっとの狭い通路がある。来た道を戻っているし、なによりミランダさんが先を行ってくれている。現在の道幅いっぱいをシャドーは占領しているので、狭いとつかえるはずだ。
背中の痛みと長いこと歩いたために体力はギリギリだが、死に体に鞭打って角をヘアピンカーブする。
ズシンと音を立てて、案の定、シャドーは進行を停止した。
「ハァッ、ハァッ……。なんとか止まりましたね」
どうしようもなく息が切れる。
この短時間でミランダさんと阿吽の呼吸ができつつあるようだ。
「ああ。でも、ここからどうしよう」
ミランダさんが頭に手を当てて考え込むのを余所に、乱入者の声が頭上から高らかに発せられる。
「市長に少年少女、特大のシャドーとは今日は大漁だねぃ」