第28話【暗闇スクランブル(2)】
今日は何匹目だろうか。小物と言えど、数が多過ぎる。倒した数は二桁に到達しようというのにまったくキリが無い。
小さな昆虫に似た姿のシャドーに、それに見合った大きさの火炎弾を撃ち込む。影のような存在でも燃えるのか、煙りが立つのはいつになっても不思議だ。
革製のフードコートは重い。子供の俺に三つは過負荷だが、主であるレイの命令だから仕方ない。主には絶対服従。これが契約の唯一にして最大の足枷。俺が壊れてしまっては本末転倒だし、レイは馬鹿な人間ではないので、無茶苦茶な命令はしないのが救いだ。
「あー、ちくしょ。病み上がりだってのによ。うじゃうじゃいすぎだっての」
迷子捜索のために選んで路地に入ると、行く先々で小物のシャドーと遭遇する。その脇を駆け抜けては、すれ違い様に火で駆逐している。路地にシャドーが多い事くらい初心者のマサトでさえ感じ取るのだ、多くて当たり前。自明の理と言っても過言ではない。
無茶な命令は無くとも無理を強いる場合はレイにもある。だが、前回の無理は忘れる程に昔だ。
「さっさと見付けねーと三人揃って濡れ鼠になっちまう」
紫色の雲は厚い。ガキが泣き出す直前のタメの最中って感じ。なら、今言ったようにさっさと見付けてしまおう。ずぶ濡れになったら風呂に入れられる。風呂はまずい。シャンプーは毒かと思うくらい目にシミる。それに何故食い物じゃないのに煮られなくちゃならない。あー嫌だ嫌だ。風呂になんか入りたくねー!
◇◇◇
どのくらい歩いたか分からない。足はくたくた、背中はズキズキ、ミランダさんはルンルン。ミランダさんは阿保みたいにパワフリーだな。
同じところをぐるぐる回っている気がする。角を右に行ったら左に行く。都合上は斜めを目指して進んでいるのに何故だろうか。
「ぐるぐる同じとこ回ってません?」
「おっかしぃな。そんなことないよ」
ミランダさんに自覚は無いらしい。ランタンを持っているキョーコちゃんも不思議そうにしている。同じような街並みで、一度通った場所か判別が付かないが、間違いなくぐるぐる回っている。
「……マサト君の言う事が正しいなら、これって“メビウスの輪”かもしれないね」
何か閃いたように両手を合わせて、ミランダさんは声を出した。
メビウスの輪。帯を一回ねじって端を合わせるとできる図形のことだ。表か裏か分からなくなる、ある種不思議な、半ば当然のような図形。ここで結び付くような事柄だろうか。
「裏表が無くなるリングですよね。それが何か?」
「もともとはそれ。んーっとね、メビウスの輪って呪法があるんだよ。空間を繋ぎ合わせて一つの閉じた空間を作る。知識だけなら知ってるの」
オレにはよく理解できない。でも、空想の物語ならよくある話。おそらく、そういうのを結界と呼ぶのだろう。ドラゴンが有り得るのなら結界くらいあっても不思議ではない。なんて世界に迷い込んだのやら。
「それで、そのメビウスの輪の中にいるってことですよね」
「君の感覚が正しいならそうなるね。私はただ迷ってるようにしか思えないけど」
結界破りのセオリーは繋ぎ目を探して、術の基点を破壊すること。迷っているだけなら基点を探す意味が無いし、そもそも結界の成り立ちについては素人考え。高確率で無意味じゃん。
「ぎゃんっ」
先行するミランダさんが奇天烈な声を上げて鼻を押さえた。小さなランタンの光りが照らす先は真っ暗で何も無い。その様子にオレとキョーコちゃんは小首を傾げた。
「どうしたんですか?」
「鼻ぶつけた」
一体何に鼻をぶつけたのだろうかと疑問に思う。先は真っ暗闇で何も無い。
ふと足元を見ると、ミランダさんより先に明かりが届いていない。落とした視線を今度は上へ向けると厚い雲に覆われた空が見えるのだが、不思議な事に建物の中腹あたりから下が足元同様に真っ暗。
身震いする。誰よりも早くその事実に気付いてしまったからだ。真っ先に近くにいたキョーコちゃんの手を取り、後ろに向かって駆け出す。それと同時にミランダさんへ声を張り上げた。
「ミランダさん、逃げてください! それは……、その“壁”はシャドーです!」