第27話【暗闇スクランブル(1)】
将人がミランダと出会った一方その頃。レイの家でローカはフーカの看病に一息入れ、コーヒーを口にしていた。ローカもレイも家事全般をしないので、フーカが倒れた今、コーヒーはインスタントに変更されている。将人が飲んだコーヒーもまた常備品のコーヒーだ。
「やっぱ、フーカがちゃんと淹れるコーヒーじゃなきゃ、まずいな。俺達じゃ、紅茶も淹れられねーし」
「我慢するしかない。それにしても、キョーコが遅いな」
「そうだな……。マサトめ、俺を見捨てやがって」
憎々しくローカは香りの薄いカップを飲み干した。根に持つ性格ではないと知っているレイはそれを見守っている。
ローカとレイの付き合いは、将人との比ではないくらい長い。ローカが生まれて以来の仲なので、悪口は彼なりの心配の仕方だということは百も承知している。
「少し心配だから、迎えに行って」
自分からアクションを起こさない彼の性格を考慮して、レイはわざと命令口調にする。優しいアクションとなると、進んで起こすことは一段とない。
「雨が降りそうだし、コートを着てくな。マサトにはレイのを貸すぜ」
ワルツとそれを含む国では、雨傘を使う文化は無い。専ら、傘と言えば日傘を指す。代わりに防水加工したフードコートを使用する。
三つのフードコートを手にローカは家を出た。
「ああ。いってらっしゃい」
◇◇◇
日が落ちた。将人とキョーコ、そしてミランダの三人はまださまよい歩いている。空は厚く雲が覆い、通路にはガス灯一つ無く、一寸先はまさに闇。その中を一つのランタンだけで右往左往しながら進む。心もとない明かりだが、無いよりは大分マシ。
「キョーコちゃんが明かりを持っててよかったよ」
将人は少し安堵の表情を浮かべた。視覚動物である人間は小さくとも明かりがあった方が精神的に良い場合が多い。
将人が言う『持ってて』という表現は正しくない。キョーコがどこからともなくランタンを取り出したからだ。またランタンはマッチで点火するタイプだったので、暗い中での作業に四苦八苦していた。
「こういう暗い所にシャドーが多くいるって噂だけど、今の所はいないみたいだね」
ハンターとしての知識というか、常識めいた情報が、ミランダの口からもたらされる。もちろん将人は初めてこのことを聞いた。
「ミランダさん、もっと話してください。レイは口下手なんでそういうことをちっとも言ってくれないんです」
ハンターとしての覚悟を持ち始めている将人には、ミランダの情報はこの上なく効果的だ。一時的とはいえ、ワルツで生きていくには必要なこと。少なくとも、将人はそう感じている。
将人の姿勢にミランダは困惑した。
「そう言われても、何から話せば良いのやら。私と君とでは――つまり異世界の人とでは文化も違ければ、理の成り立ちからして違う可能性が大いにあるからなぁ」
街を掌握する義務のあるミランダは立場上、異世界の人間に理解がある。竜人を例に上げるように異世界の人間と初対面というわけでもない。そんな彼女でさえ――いや、彼女だからこそ異世界人に教えることが難しいのを知っている。
「例えば、ドラゴンについて。私の世界で、ドラゴンと言えば空想の生物。クナの世界では一般的な存在。マサト君の世界ではどうかな?」
あまり状況を理解していない将人を諭すようにミランダは言った。
「ここと同じで空想の生物です」
「よろしい。では、縁起の良い色について。私達は黒。クナは赤。では君は?」
「紅白ですかね」
「へええ。ま、こんな感じで違いがあるわけよ。今のはあくまで文化の話で、もしかしたら物理法則とかも違うんだろうな。言葉は翻訳して通じてるみたいだから、どうなってるんだか」
「はぁ……」
言葉は文化が顕著に表れる。故事成語や慣用句などは良い例になる。国が違うだけで言葉に苦しむというのに、異世界となったら通じている将人の方が不条理だろう。そのことをミランダは言っただが、将人にはてんでわからない。
「帰る方法もわからないんで、まだまだ時間はあります。今は目の前の事だけを考えますよ」
彼に出来るのは未来を案じるよりも、現在を乗り越えるだけだ。しかし、それさえもレイに促されて到った道だった。