第25話【とらぶるすくらんぶる(4)】
人気はいつの間にか無くなっていた。入り組んだ路地に入った訳ではない。ただ単に歩いていただけだ。見上げれば高い壁に囲まれた四角い空。そろそろ雨が降りそうな雲行きなので、早めに帰っておきたい。
「どこから来たっけ?」
無口だが唯一の同行者に助け舟を出してもらおうと問う。だが、キョーコちゃんは小首を傾げた。
どういう訳か、異常に気付いていないらしい。
「気付いてないの?」
確認をしてみるが、小首を傾げるだけで迷子になったのか分からないようだ。普通、気付くよな。いや、異世界に来て過敏に反応しているだけかもしれない、と自分を諭し、重たい体を尚も引きずる。
そして歩くこと約一時間。一向に先の見えない赤い迷宮が目の前に広がる。建物はそびえ立ち、階にして五階分の高さがある。
時計塔で迷ったのを思い出した。今にして思えば、あの時はフーカちゃんが風を操って突破口を開いたのだと気付く。怪我を縫ったり、シャドーを縛ったり、道を探したり、便利だな。それに加えて炊事洗濯に働き者ときた。ローカなんかと偉い違いだな。
フーカちゃんにそれら不思議な能力が備わっているのなら、キョーコちゃんはどうなんだろうか。役立たずのローカでさえ、火を操るという常識離れした能力を持っていた。昨日、どこからともなく取り出した剣や盾、ついでにタヌキの焼き物は彼女の能力の片鱗ではないだろうか。
「キョーコちゃんって、何ができるの? ほら、フーカちゃんは風が操れて、ローカの奴は火を操れるじゃない」
訊くのが一番早いので、先ずは訊いてみる。すると、キョーコちゃんは口元に指を当てて見せた。ああ、秘密ってことか。
半ばがっかりしつつ、ぎこちない足取りで前へ進む。何回も角を回ったので、方向感覚はさっぱりだ。せめて大通りに出られれば良いのだが、そううまくいかない。
「ここってそんなに迷い易いの? 一時間以上歩いてんだけど」
もううんざりしてイライラしてキョーコちゃんに八つ当たりする。キョーコちゃんは頷くだけだった。その反応にさらにイライラして、フラストレーションを起こす。恥ずかしいんだか知らないが、いい加減しゃべれよ。
怒鳴る直前になって、来客が割って入った。
「何してるの? キョーコとマサトだっけか」
「ミランダ…さん」
「あ、覚えててくれたんだ」
腰まで伸びた髪を煩わしそうにいじりながら、有り触れた疑問を投げかけてくるのは、時計塔で出会ったミランダさんだった。オレが名前を覚えていたことにご満悦の様子。
「迷ってしまいまして……」
「私もなのよ。地元住民でも迷う構造、どうにかならないかしら」
流石はミランダ節。いつの間にかイライラはどこかへ飛んでいってしまった。