第21話【異世界、三日目(6)】
ゆさゆさと揺れる。頬には固いとげとげしたなにかが当たり、背中は生ぬるいのぺっとしたもので濡れている。なんだろう、嗅ぎ覚えがある匂いだ。はっと我に帰るが、視界は暗転したままだ。
「オ? 気がついたカ」
身じろぎすると、聞き覚えのある声が聞こえてくる。目が光を取り戻してきたら、赤い街並みが最初に浮かび上がってきた。ここはワルツの東側か。
「あれ? オレ……」
「すまない。フーカに無理をさせたら、糸が綻んでしまったようだ」
しゃっきりとしない頭が何かを考える。依然として思考にベールがかかったようだ。糸……綻び……。たっぷり十秒経過しても事柄に結び付かない。
「……ん?」
「だから、すまないと……。はぁ、後にする」
若干呆れたようすのレイが見えた。ごめん、オレが悪いんだろ。
レイはフーカちゃんをおぶり、キョーコちゃんの手を引いている。まるで保父みたいで、少しおかしい。
意識が覚醒するにつれて、疲労感と背中の痛みが重くのしかかってきた。
「なんか、背中痛いんだけど」
「だから糸が綻んでしまったと言っているだろう。それで傷が開いて……」
レイの声がだんだんと小さくなっていったのか、オレの耳が馬鹿になっていったのか、判断がつかないが、最後の方はよく聞き取れなかった。聞き取れなくても、どうでもいい。わかったところで疲労感は変わらない。良い具合に脱力して、正直寝てしまいそうだ。背中が広い人だけど、オレをおぶってるのは誰だろう。
そうこうするうちに、オレをおぶった人は立ち止まった。レイの家に帰ってきたらしい。今日も仕事時間を切り上げてしまったのだろうか。
「私はここまでだナ」
「ああ、ありがとう。私だけではどうしようもなくて困っていたところだ」
「それは何よりダ。ミラには伝えないでおこウ。意地が悪くて仕方ないからナ」
意識が混濁しているオレを下ろし、レイに預けると、その人は去っていった。去り際にフードコートの大柄な姿を見て、あのワードラゴンだと判った。
キョーコちゃんに連れられて家に入ると、一階のソファーに俯せに寝かせられた。キョーコちゃんは心配そうにこちらを覗き込む。
「ありー? ムラマサさまさまは倒れてやがんの。ざまぁ無いぜ……うごぇ」
階段を下りてきたであろうローカが冷やかしに来た。しかし、キョーコちゃんはローカの喉にチョップを一閃し、指を口に当てる。静かにしなさいってジェスチャーだ。ナイスチョップだ、キョーコちゃん。
「けほっ。フーも倒れてんのか。手伝ってくる」
苦しそうに喉に手を当てて、ローカは二階に上がっていった。
キョーコちゃんが瞼に手を乗せて、目を閉じさせる。眠って良いよってか。そうさせてもらおうと思った時には意識が沈んでいっていた。