第14話【ハント開始(4)】
鎖の音は重く、その実、夏風のような軽やかさで宙を舞う。操るのは季節に不釣り合いな若草色の少女。この日、10月25日の最初の一幕は轟音から始まった。
風が逆巻き、具現された鎖がシャドーを捕縛する。これが彼女の定石だ。今までの幾千の戦いでそれは決まっている。ハエに酷似した小物もいた。通路を埋め尽くす巨大な物も相手取った。似通った物はいても、一つとして同じ型の物はいなかった。
「これでおしまい? 案外たいしたことないね」
今回のシャドーはずんぐりむっくりの姿をしていた。伝承で聞くところによると、ドワーフというのがしっくりくる。頑丈そうでいて短い首、巨木の幹のような手足、シルエットとしては丸に近い寸胴。先程のひょろ長い首無しのシャドーとは一線を画する重量級。
「グオォォーー!!!」
締め上げられたシャドーが低く重い咆哮を上げる。あまりの声量に赤い建物の群れが小刻みに震える。ハンターの3人、レイ、フーカ、将人は耳を手で塞いだ。耳鳴りが襲うほど大きな音だ。
「なにこれ、信じらんない!」
耳鳴りに集中力を削がれたとはいえ、決着を付けようと風の鎖は全力でシャドーを締め付ける。しかし、普通のシャドーを容易に潰す圧力にこのシャドーは耐えているのだ。信じられない耐久性。
二度目の咆哮と共に、強大な腕の力で鎖を引きちぎる。たまらず、フーカは息を切らした。
「レイちゃん、あたしじゃ手に負えない。ローカちゃんを呼んで。時間は稼ぐから」
フーカは自身に限界を感じ、レイに促した。今度は縛り方を変える。張り付けにされる罪人のように首や手足、胴をそれぞれ鎖で縛るやり方。鎖の量が増えた分、拘束力はより強固な物になる。
同時にレイはフーカを呼び出したように幾節かの呪文を唱え始める。
――其は火山の化身、炎の精霊。末席においてなお輝かしい――
三度目の咆哮。今度は一気に引きちぎられる事なく鎖が耐える。だが、バツンバツンとペンチを入れるように少しずつ風が切られていく。
――赤と橙に彩られた冠は王家の印し。卑しくとも小さくとも子は親に似る――
切られてもそれを上回る速度で足せばいい。何十にも縒られた風が鎖を形成し新たにシャドーを固定する。ほんの一時だからできること。
――祖は星火。岩のランタンに封じられし古の神々の灯――
都合、四度目の咆哮。膨れ上がった腕部が鎖を全て切り離す。シャドーは夜霧にたゆたう巨躯を漲らせ、突進を仕掛ける。
「ダメェ! 萌え的に言えば、らめぇー」
ここまで詠唱すれば安心なのか、フーカの言動に冗談が混じる。シャドーの足元に風鎖の束を配置し、上手く転ばせた。
「貫槍“ローカ”」
レイの目前で炎の蛇がとぐろを巻き、蛇が一本の槍となり天を貫く。槍は霧を蹴散らし、レンガの街を鮮烈に照らす。
「喰らえ、ファイヤーボール」
炎の柱が消えた時、空を指差す赤い髪の少年が現れた。宙空には規格外の火球が一つ、メラメラと闇から彼らを浮かび上がらせた。