第13話【ハント開始(3)】
「それにしても、強力なシャドーを二日連続で引き当てるとは……。君は運が悪かったな。普段は一匹目のような小物ばかりを相手にするんだが、大量発生か?」
レイは真面目な顔で考察した。今夜みたいなことが日常茶飯事ではないらしい。昨日も怪我したし、今日も軽傷だが流血沙汰。これほど危険なら、昼間せっせと働いた方が良いのではないか。
「マサトちゃんの手当てしなきゃ」
フーカちゃんが傷口を看てくれた。傷はあんまり深くはない。漫画で言う皮一枚ってところだ。見た目の出血はひどいが直に止まるだろう。
「フーカちゃん、痛いからあんまり触らないでくれるかな」
ごめんね、と言うだけでフーカちゃんはひたすら傷口を手で押さえる。個人的には服が汚れるとかそういうのを気にしてほしかった。
「この街に医者はいないのか?」
「いる。でも、医者は切り傷なんて診ない。薬を処方するだけだ」
「そうなのか」
レイが素っ気なく答える。どうやら内科の医者がこの世界の通例らしい。昔は外科医は忌み嫌われていたらしいが、いつの時代だっただろうか。
「他の医者ってどんな医者だ? 君の世界の医者とやらは」
オレの見方によっては冒涜ともとれる思考を察してか、レイが詰め寄る。
「あー、いや。大きな切り傷とか裂傷とかは糸で縫ってくれるな」
「なんだ。そのくらいならフーカがしてる」
「人形作りが趣味のレイじゃなくて、フーカちゃんが?」
「そうだ。昨日の怪我だってフーカが風で縫ったんだ」
思わず“へっ?”と変な声がでる。フーカちゃんに目をやると、集中してはいるが、手先を動かしているようには見えない。
「冗談だろ」
「冗談じゃない。糸より遥かに細い風の糸で縫うんだ。“痛いの痛いの飛んでけ”っておまじないを大真面目にやる付加価値を付けてね」
レイの説明によると、理屈はわからないらしいが、痛覚を風に乗せて発散させるらしい。すごい能力の反面、にわかには信じられない。自覚は無いけど、オレはどうもうたぐり深い性格のようだ。
「はい、おわり」
しばらくして、フーカちゃんが手を離す。たしかに痛みは少ししか無いし、傷は完璧にくっついている。頭から信じると風の糸で縫ってあるということになるが、動いても問題なさそうだ。
「今日は早いがもう帰ろうか。負傷者も出たし、これ以上続けるとまた大物と遭遇しそうな気もするし」
反対意見は無かった。反対しても自分が危険な目に会うだけだ。血でべとべとの手をぶらぶらさせてオレ達は帰路につく。
ボーンボーンと時計塔のが鐘が鳴って日付が変わった事を告げた。一時間しか経っていないし、そんなに動いてはいないが、慣れない脇腹の痛みが神経を擦り減らしていたので体力は限界に近い。
レイの足が止まる。
「どうした、レイ?」
「君にはあいにくだが、第3ラウンドの開始だ」
フーカちゃんが前に出て、オレの血で濡れた両の手を広げた。風の鎖が現れる。
表通りの真ん中に黒い影がぽつんと立っていた。