第12話【ハント開始(2)】
風がレイの目の前を中心に螺旋を描く。目を開けていられない程の暴風が吹き荒れる。次に目を開けた時には緑色のツインテールが風に踊っている姿が見えた。
「ええっ!?」
見覚えのある発色の良い若草色。家に居たはずの彼女は厳しい表情を見せ、両手を前に突き出す。ジャラジャラという風の音が彼女の背後から唸りを上げて、ターゲットであるシャドーに向かって飛んでいく。風が束なり緑色の鎖が具現し、小さなシャドーを的確にがんじがらめに締め上げた。
「案外小さいけど、どうするの? これ」
「放っておくのもなんだ。潰しちゃって」
はい、と答えた彼女は瞳を閉じた。それは祈るような行為にも見えて、悲しそうな表情に感じる。
意を決した鎖は掛かるテンションを上げ、捕縛しているシャドーを引き潰した。消えていくのに断末魔も鎖の音も無かったが、グシャッという生々しい擬音が目に見えて怖い。思わず尻餅をついた。
「そんな顔、しないで」
事が終わったフーカちゃんが側に寄って手を差し出す。厳しさは薄れ、優しさが顔を覗かせる。
生命が失われる瞬間は痛いよ。少女はそう目で語る。
オレにはよくわからない。呆気なく刈り取られた異形の生命に感慨は沸かない。ただ怖く、差し出された手を払いのけた。
「ほっといてくれ」
オレは腕を顔に被せて仰向けに倒れ込む。今の顔を見られたくなかった。多分、みっともない顔をしている。
それ以上フーカちゃんは寄ってこない。
「次、行こうか」
「もう、レイちゃんの冷血! 待ってあげようよ」
そんなやり取りをどこか遠くに聞いていた。何の気無しに寝返りをうつ。俯せになると頬に当たる石畳が冷たい。
冷たい感触と脇腹に走る痛みはほぼ同時だった。直ぐさま飛び上がると寝転がっていたところに黒い影が伸びている。影の刃は直立して一瞬前のオレを串刺しにしていたところだ。脇腹に手を当てるとぬるっとした感触と痺れるような痛みがする。
影の先にはシャドーがいた。もとい、暗闇に揺らぐ影はシャドーの一部だった。恐れ戦いている暇も与えられないなんて、なんて危険な街だろう。
伸びていた影が戻る。このシャドーのフォルムは一見すると人型だ。ただ、石畳に届こうかという腕部と、首から上が無いこととが人体の常軌を逸していた。
シャドーが足から下を伸ばしてくる。それに対応するように、ジャラジャラと風の鎖も具現する。
影の動きは速くないが、無音で執拗にオレを追ってくる。対して、風の鎖は高速でシャドーを捕縛しにかかる。しかし捕縛をすり抜けるように、シャドーはとっぷりと地面に沈み込んだ。
「こんなシャドー、初めて見た」
空を切る鎖を操りながら、フーカちゃんは歯を噛み締めた。
現れては沈むシャドーを風が追うも、寸前で逃げられるのを繰り返している。その間、オレもシャドーの凶刃から全力で逃げているところだ。なにしろ命がかかっている。
「早く…してくれ……」
痛みと疲労で息も絶え絶え。やっと絞り出した言葉も気の利かないセリフだった。痛みと共に血がじんわりと流れていく。飛びのく度に傷口が開く感じがする。
あ、まずい。そう思った時には遅かった。動きを読まれ時間差攻撃が来た。それを避けたまでは良かったが、そこで体勢が崩れてしまった。崩れたなんて生易しい、派手にこけたのだ。
「危ない、マサトちゃん!」
直ぐに立ち上がろうとするも、首目掛けて影が這う。ジャラジャラと風が耳元で鳴っていた。影の刃はオレの首ギリギリで止まっていた。風の鎖が刃を搦め捕ったのだ。
「あの切れ味だと首がポロン、だったな」
レイがいたずらっぽく笑った。他人事だと思って、首がポロンなんて冗談じゃない。
シャドーは搦め捕られて動けない。縛ってしまえばこちらの勝ちらしい。
「フーカ、トドメを」
またはい、と事務的な返事をした。それでおしまい。キリキリと鎖は絞まり、シャドーを木っ端微塵にしてしまった。