第11話【ハント開始(1)】
昼間の往来は何処へやら、不気味なくらいに静まり返った街。人っ子一人どころか猫の子一匹いやしない。もうすぐ11月の空気は冷たく、遠くが見渡せないほど霧が濃い。
かろうじて見えるライトアップされた時計塔は夜の11時を回ったところ。普通なら未成年は補導される時間だが、あいにくとここは普通じゃない。街の名前はワルツ。シャドーという異形が巣くう危険な街。実体験をともなってもなお信じがたかった。
「仕事時間は4時間。7時から11時のイブニング、そこから3時までのミッドナイト。最後に7時までのモーニング」
まるでコンビニのバイトのシフト制のような仕事時間だ。今回はミッドナイト。要するに真夜中なのだ。
ティータイムの後、4人は片付けを済ませ早々と寝てしまった。オレも貸し与えられた部屋でぐっすりと寝たので今は元気。貸された部屋は三階で、ベットと本棚が一つずつあるだけの味気無い簡素な部屋だった。今日初めて起きたのもあの部屋だったと思う。
隣にいるレイが小さなあくびをした。服装はゆったりとした藤色のローブ。昼間は太く黒いベルトをしていたが、今は紫色の帯に代わっている。オレは着慣れた学ランのままだった。服を借りようとも思ったが、レイはローブしか持っておらず、ローカのはサイズが合う訳もなく、結局はそのままとなってしまった。申し訳ないが明日にでも楽な服を買わせてもらおうか。
ガス灯が照らす靄の中、二人の夜のパトロールは続く。ボーンと時計塔の鐘が鳴った頃、変化は訪れた。
「発見した」
表通りから少し入ったところにある十字路でレイが口を開く。暗闇の先にシャドーがいるらしい。空気の揺れる感じはするが、見渡してもオレには発見できそうにない。『そこ』と指差す先にやっと対象を見出だすことができた。
「このくらいなら君にも何とかできるだろう」
彼は控え目に意地悪く笑った。
言葉そのまま、拍子抜けだった。発見されたシャドーは大きく見積もってもネズミ大。暗闇を切り取ったような黒はただ一件の例と同じく、背中には体に不釣り合いな刃状の刺が一つ。足は六本で昆虫的な姿。危険を察知したのか臨戦態勢に移った気がする。
「丸腰でどうしろと」
考えが錯綜する。何とかできるだろうって、無駄に選択肢が多い。
先手はシャドーが打った。体を丸めて回転しながら高速で跳躍してくる。それを上体を横倒しにしながら避ける。
向き直ると今度は着地したシャドーとの睨み合いが始まる。レイは観戦に徹するようで、十字路の外から眺めているのが視界の端に映る。
さあ、どうしたものか。相手は素早い上に、刃を立てながらの回転はおそらく攻防一体。周囲に武器になるような物は無い。とりあえず、つかず離れず安全な場所取りをする。
「つまらない。異世界人なんだから目からビームとか、幼少より仕込まれた暗殺術とか奇抜なことはできないの? 時間の無駄」
何度目かの変わらないやり取りを続けると、レイは痺れを切らした様子で嘆いた。そんな事出来る訳がないし、それを言うならレイ自信もオレから見れば異世界人だ。
「やめ。フーカ呼んでちゃちゃっと終わらせよう」
言って左手を突き出す。指には緑、赤、銀の指輪が煌めいている。
――繊く、繊く、繊く。勁く、勁く、勁く。唱えること三度。吹き荒ぶ風を縒りて、今、魔を縛る靭鎖となれ――
「縛杖“フーカ”」
呪文に呼応して緑の宝石が輝きを増し、見たことのある姿を呼び寄せた。