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07.侍女 リリアンナ

10月26日、異世界転生/転移の恋愛ジャンルで日間1位にお邪魔しました。たくさん読んでいただけて嬉しいです。ありがとうございます。これからもまったりお付き合いいただければ幸いです。

「お休みのところ失礼いたします。入室してもよろしいでしょうか」


 愛莉と手を繋いだまま、うたた寝してしまっていたらしい。コンコン、と外から扉を叩く控えめなノックの音と、聞き覚えのない女性の声で菫は目を覚ました。


「……どうぞ」


 入室許可を求める声に答えれば、音もなく扉が開く。現れたのは侍女だった。午前中顔を合わせた侍女とは別の人間だ。年頃は愛莉と同じか、少し下くらいだろうか。きらきらと輝く金色の髪と、ペリドットの瞳が印象的な美しい人だった。


「前任者が聖女様方にご無礼を働いたようで、大変申し訳ありませんでした」

「……顔を上げてください。今朝のことに対して、あなたが責任を感じる必要はありません」


 入室してすぐ下げられた頭に、思わず動揺する。あの男は一体どういう言い方をしたのか、そう思わざるを得ない反応だった。

 一拍、二拍。少なくない間を置いて、動揺を気取られないよう平静を装いそう告げた。


「聖女様方のご尊顔を拝しまして恐悦至極にございます。わたくし、リリアンナ・リュヌ・フクストラと申します。本日より聖女様方の侍女を勤めさせていただきます。お見知りおきください」


 侍女の自己紹介を聞いて、思わず驚愕の声を零しそうになった。


「今後、聖女様方への取次はすべてわたくしが請け負います。もちろん、陛下と言えど例外ではありません。……不安に思われるかもしれませんが、こう見えて、わたくしも王族の血を継ぐ身。二度と今朝のようなことは起こさないと我が名に誓いましょう」


 リュヌ・フクストラ。その名にも、聞き覚えがあった。

 リュヌとは、王族に連なる者が与えられる尊称。フクストラと言えば、確か、第一王女が降嫁して興された家ではなかったか。どうして、そんな血筋の人間が侍女の真似事をしているのか、菫には理解出来なかった。


ヴィオレッタの記憶と、この世界の情報が重なるたびに、どうしようもない違和感に苛まれる。この違和感は、一体なんなのだろう。言葉もなく考え込んでしまった菫の目の前で、リリアンナが腰を折り、再び深々と頭を下げた。


 王家に連なる公爵家。同じ公爵位でも、ヴィオレッタの生家とは比べ物にならない影響力を持つ。その家の令嬢に頭を下げられるというどこか現実離れした状況に、菫はすぐに言葉を返すことが出来ず、呆然とリリアンナの頭を見つめた。

驚愕が頭を支配する。けれどそれ以上に、リリアンナの姿勢からは、これまで向けられたことのない切実すら滲む誠実さが感じられた。


「ありがとう存じます。廊下で控えておりますので、ご用の際にはお声掛けください」

「冷水と、身体を拭くための布を。彼女を着替えさせるので、手伝ってください」

「かしこまりました。すぐにご用意いたします」

「それから……薬草園等があれば、行きたいのですが」


 魔力熱にポーションや治癒魔法はご法度――つまり、魔力を含まないものであれば、食事と同じく摂取出来るということだ。この世界は、大抵の病気や怪我がポーションか治癒魔法で治ってしまう。そのため、他の医療関係がまったくと言っていいほど発展していなかった。現代の医療がいかに発展しているのか、菫は身を以て知っている。


 菫が育った施設では、プランターで様々なハーブを育てていた。それは施設長の趣味の延長のようなものだったが、風邪の引き始めや季節の変わり目には、育てているハーブを収穫してハーブティを飲むのが習慣だった。そのお陰か施設の子供たちは皆病知らずで、インフルエンザが流行る時期も、施設の皆はけろりとしていたため、周りに驚かれたのは懐かしい思い出だ。


 この世界にも、ハーブはポーションの材料として存在していた。逆に言えばポーションの材料でしかなく、現代のように料理に使ったり、お茶にして飲むようなことはない。単体で摂取しても味らしい味もなければ、何の効果も得られないため、魔力を通さなければ使い物にならない素材として認知されていた。


「薬草園……ですか」

「ないのであれば、なしで構いませんが」


 菫の言葉を聞いてテキパキと廊下の外に指示を飛ばしていたリリアンナが、続いた言葉を聞いて返答を濁す。ヴィオレッタの記憶では、王宮の温室内に薬草を育てている一角があったはずだ。無論常用するものではなくあくまでも緊急時のためのもので、規模こそ神殿のそれには劣るものの、種類自体は豊富だったことを覚えている。


「……いえ、ご案内いたします」

「……大丈夫ですか?無理は、しなくても……」

「いえ!どうか、わたくしに……案内させてくださいまし」


 どこか思い詰めたようにも見えるリリアンナの様子に、菫は困惑気味に眉を下げた。解熱効果のあるハーブが入手出来ればと考えてのことだったが、失敗だっただろうか。なぜ彼女がこんな反応をするのだろうと考えて、ふと、気付く。

 もしかしたら、リリアンナは虫が苦手なのかもしれない。ヴィオレッタは幼い頃から神殿で薬草の面倒を見るのが日課であり、その過程で嫌でも植物に寄ってくる虫への耐性が出来ていた。菫も似たようなものだ。しかし普通の場合、余程の変わり者でもなければ公爵令嬢の立場で植物いじりなど経験しない。ましてや慣れるまでなんて、特に。


 菫とて、苦手なものは存在する。それを無理強いするほど鬼になったつもりはないのだが。やんわり取り止めようとしたところ、縋るような勢いで案内を申し出られ、たじろぎながらも頷いて見せる。


「いってくるね」


 眠ったままの愛莉の身体を支え、汗を拭き、着替えをさせる。それでも目を覚まさず眠り続ける愛莉に一言声をかけて、リリアンナと共に部屋を出た。


 廊下に出ると、扉の傍に控えていた騎士たちが、そっと敬礼の姿勢を取る。よく見れば、彼らの顔ぶれも変わっていた。どちらの騎士もヴィオレッタの記憶にはないが、若々しくやる気に満ちた眼差しに、菫を侮る気配はない。リリアンナの背を追いかけながら廊下に視線を投げる。やはりヴィオレッタの記憶よりも変わっている部分がある。上手く言えないが、豪華絢爛だった装飾が、質素倹約……簡素……素朴、になっている、ような。


「……スミレ様は温室までの道をご存知なのですか?」

「え?……あ、……勘、というか……もしかして、道、間違えましたか?」


 記憶のなかにある光景と見比べながら歩いていたせいか、いつの間にか無意識のうちにリリアンナを追い越していたらしい。慌てて足を止める。


「いえ……むしろぴったり合っていたので、驚きました」

「ああ、うん……昔から、方向感覚は良い方だったから」


 自分でも苦しい言い訳だと分かっている。だが、前世の記憶があることを、誰かに打ち明けるつもりはない。苦笑混じりに言葉を並べると、リリアンナもそれ以上何かを言ってくることはなかった。


「こちらが温室になります」


 与えられた部屋から歩いて五分ほど。迷路のような廊下を抜けた先には、緑が溢れるガラス張りの温室がある、はずだった。


 目に飛び込んできた光景に、菫は言葉を失う。

 温室の中は愚か、その周囲には緑がなく。枯れ果てた土地が広がっていた。

閲覧いただきありがとうございます。

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ここまで読んでいただきありがとうございました。次回更新までお待ちください。

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