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05.国王

日間異世界転移ランキングにお邪魔しました。ありがとうございます。

 聞こえた声に、微かに身体が強張る。視線だけを動かしてみても、厨房には菫と、その声の主以外の姿はない。扉の外側には侍女が控えているはずだが、厨房内では余計な茶々を入れられないよう、人払いしたのだから当然と言えば当然だ。まさかこんなところで裏目に出るとは思ってもいなかったが。


「何かご用ですか。話は後日にしていただけるよう、伝言を頼んだはずですが」


 平静に見えるよう意識して、菫は振り返る。背後には、やはりと言うか、想像した通りの男がいた。


 ジークハルト・ソル・マクスブレイン。

 かつてヴィオレッタの婚約者だった男。そして、ヴィオレッタを殺した男。厨房という場所に最も縁遠いはずの男が、なぜこんなところまで来たのか菫には分からない。しかし、理解しようとする気も起きなかった。


「ああ。もう一人が魔力熱を起こしたそうだな」

「ええ。二人揃ってでなければお話を聞く気はありません。それより、侍女はどうしたんですか?人払いを頼んだはずですが」

「何も言っていなかったが?」

「そうですか。では、あの人は私たちの担当から外してください」


 城にいる侍女の雇用主は王族だ。その頂点にいる男に従うのは仕方がない。だが、男が入ってくる前、一言中にいる菫に声をかけることくらいは出来たはずだ。それすらないのは菫の言葉を軽視している証拠だろう。聖女だなんだと勝手に呼びつけた割に、最低限の礼儀すら払われないとは一体どういう了見だ。


「何か粗相をしたか」

「ええ。こちらの意志を尊重すると言いながら、事前の一言すらかけられない方は不要ですので」

「……そうか」


 言外に含まれる嫌味を理解したのか、返事があるまで、幾許かの間を要した。話を進めながらも火を止め、鍋を下ろし、出来たものを器に盛り付ける。鍋に残ったものを味見を兼ねて口にしようとしたところで、持っていたスプーンが菫の手から消えた。


「!?」

「意外と美味いな、見た目はあれだが」

「何を勝手に……っ、これはこういうものなんです、返してください」


 この男は一体何を考えているのか。王族、それも国王という立場にある男が毒味もなく物を口にするなんて、本来は有り得ないことだ。そもそも護衛の騎士は何をしているのだろうか。こんな行動を取る男を止めないとは職務怠慢にもほどがある。


 そこまで考えて、ふと、気付く。なぜこの厨房には、菫と男しかいないのだろうか。密室にならないよう扉は開いているし、菫は異世界から来たばかりの女。だからと言って国王と、未だ聖女かどうかも分かっていない女を二人きりにするなんて、通常であれば有り得ない。昨日菫が彼らに対して取った態度は、お世辞にも友好的とは言えないものだったはずなのに。


「慣れたものだな」

「一人暮らしだったので、自炊くらいは出来ます」


 ヴィオレッタの記憶にある知識が、菫を混乱させる。

 ヴィオレッタの知る世界と、王太子だった頃のジークハルトと、あまりにも環境――言動――が違う。てっきり、ヴィオレッタが生きていた世界に召喚されたものだと思っていたが、顔が瓜二つの別人なのだろうか。よく考えてみると菫は男から名乗られてもいなかった。けれど、もしそうだとするなら、昨日神官が口にした兄の名前は一体。


「なぜこちらを見ない?」

「名前も知らない方と見つめ合う趣味はありませんので」


 混乱を頭の隅に追い遣って、調理に使った器具を洗い終え、盛り付けた皿をトレイに乗せる。少しぬるいくらいの方が今の愛莉には食べやすいだろう。水差しとグラスを用意して厨房を出る。

 なぜだか男も菫の後についてきた。廊下には菫が想像した通り、護衛と思わしき騎士がいた。それを見て少しばかり安堵する。侍女もいたが、男が騎士の一人に何事かを囁くと、侍女を連れてその場を離れて行った。


 与えられた部屋まで続く、そう長くない廊下を歩きながら、菫は隣を歩く男を盗み見る。

 20代後半――上に見積もっても30歳前後だろうか。ヴィオレッタが処刑されたのは誕生日の一月前、17歳の冬だった。その時、ジークハルトは20歳。この男の実年齢は分からないが、菫の年齢を考えれば、ジークハルトは40代でなければおかしい。やはり、顔がよく似た別人なのだろうか。


 考えがまとまらないまま部屋の前に辿り着く。部屋に入ろうとしたところで、男が口を開いた。


「ジークハルトだ」

「……え?」

「ジークハルト・ソル・マクスブレイン。このエレウテリア王国の国王をしている。貴殿の名をお聞きしたい」


 王の立場でありながら、衆目がある前で払われた敬意と、名乗られた名前に戸惑う。男の名前も、国の名称も、ヴィオレッタの記憶にあるものと同じものだった。


「……菫、です。スミレ・ホヅミ……」

「そうか。スミレ、侍女は別の人間を付ける。もう一人の熱が下がったら知らせてくれ。……また来る」


 名乗るだけで精一杯だった菫の内心を知ってか知らずか、ジークハルトは部屋に入ることなく去っていく。その背を見送って、菫は部屋に続く扉を押し開いた。

閲覧いただきありがとうございます。

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