29.変化
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レーヴェとヒルシュの騒動から、数日が過ぎた。
あの日から、菫の行動範囲は格段に広がった。ジークハルトが言葉通り、各所への立ち入りが出来るよう手配したらしく、翌日から騎士と侍女を伴い王宮の敷地内を見学して回ることになったからだ。
無論、制限が皆無という訳ではない。ただ立ち入れない場所はほとんどが王家の私的な場所であったり、宝物庫など警備上の問題がある場所など、理由が分かれば納得するようなところばかりだった。
王宮内は、やはりヴィオレッタがいた頃に比べて随分寂れたような印象があった。城を彩る装飾品が減ったというだけではない。王宮にいる人間が、皆随分と若いように感じた。もちろん、全員と顔を合わせたわけではなく、菫が見て歩いた範囲だけの話だが。人事を一新したからといって果たしてここまで変わるものだろうかと不思議に思うものの、それを菫が言い出すのも可笑しい気がして、疑問は心の内に留めている。
良い方向に変わったこともあった。
共に各所を回っていたレーヴェとヒルシュが、色々なものに興味を示すようになった。
特にレーヴェは騎士団の訓練に興味を持ったようで、熱心に訓練風景を見つめていた。騎士団の訓練は何も剣を振り回すだけが仕事ではない。各々の武器の手入れ、馬の世話などやることは多岐に渡る。レーヴェの熱視線に気付いたのは、あの時の騎士だった。
彼に誘われ手合わせをすることになり心配したものだが、当人は嬉々として騎士の中へ混ざりに行った。過去のことがあっても、身体を動かすこと自体は嫌いではないようで、打ち合っている姿はとても楽しそうに見えた。
菫は剣についてよく知らないが、やはり、レーヴェには才能があるらしい。数度打ち合っただけで周囲の騎士がレーヴェを見る目が変わり、手合わせが終わる頃には入れ替わり立ち替わりレーヴェの腕を褒めそやした。
身体の怪我こそないが、長年の栄養不足が回復しきったわけではないため、無理は禁物。だが適度な運動は体力作りにも必要だろうと言う侍医の言葉により、結果、レーヴェは数日に一度、体調を見て騎士団の訓練に参加することになった。
妹であるヒルシュは、未だ長い睡眠時間を必要とするものの、きちんと食事を摂り、兄が元気にしている姿を見て徐々に明るさを取り戻している。元々好奇心旺盛な性格らしく、あれはなに、これはなに、とよく侍女や騎士へ質問しては困らせている姿を見ることがある。だが、ヒルシュの質問癖には菫も大いに助けられた。子どもならではの視点というものだろうか、菫でも気付かなかったような王宮の変化に疑問を持ち、騎士や侍女を驚かせた。
また、二人とも勉強も嫌いではないようで、二人に読み書きを教えるという名目のもと、菫もこちらの文字を覚えることが出来た。本当は教わらずとも読めるものの、無知なふりをしていた方が都合良かったとも言える。多少誤魔化しこそしたが、全てを隠し切ることは難しく、必死に書き取りをする子どもたちの傍らですらすらと本を読んでいることに気付いた侍女にその習得速度を驚かれこそしたが、元の世界の文字の方が複雑だったことを伝えれば納得された。
実際、この世界で使っている文字はあちらでいうアルファベットに近いもので、種類はそう多くない。日本のひらがな、カタカナ、漢字を覚えるのに比べれば、一から覚えるにしても随分楽だろう。
愛莉とは、あの日以来顔を合わせていない。寮があるなら、そちらから通った方が良いというのは分かる。フェリシアーノやエヴァンも普段はそちらで過ごしていると聞けば尚更。あまりしつこく心配しすぎても迷惑になるかもしれない、と菫は心の淵に宿る物寂しさを胸の奥にしまい込んだ。
また、分からないことも増えた。
書庫に出入りするようになってから、さり気なく本棚を見て回ったが、今のところ一冊も聖女に関する書物を見つけることが出来ていない。もちろん、広い書庫全てを確認し終えたわけではない。多くの書物のなかで、菫が見落としてしまっている可能性もある。けれど、聖女に関する書物は、そこまで貴重なものだっただろうか。
光の女神の寵愛を受ける唯一の存在とも言える聖女は、神殿の象徴であるとともに、長い間、魔術師たちの研究対象でもあった。
光属性の保持者自体は、他属性と比べ希少ではあるものの使えるものは存在する。そのなかで攻撃魔法を使えるものが約三分の二、治癒魔法を使えるものは三分の一ほどになる。だがその誰もが聖女に比べれば脆弱な存在だった。
魔術師というのは元より探究心の強い人間の集まりである。彼らがなぜ聖女は特別なのかと興味を持つのは、ある種の必然でもあった。そうして、そんな彼らの手によって、多くはないものの聖女に関する研究資料が残されていたはずだ。ヴィオレッタも、己の力を磨くために、過去の資料としてそれらを読んだ記憶があった。
多くはないと言っても王国が建国してから数えて約五百年。積もればそれなりの数になる。それを一冊も見かけないというのは、やはり不自然なように思えた。
そうして聖女の資料を探しながら数日が過ぎた頃。
一度だけ、ジークハルトの元で顔を合わせた眼鏡の男――ヨハンが、菫のもとを訪ねてきた。
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