27.真実の追求
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すぐに逃げ出すことは出来なかった。母は既に亡く、王都には知り合いもいない。幼い妹と二人で逃げるには、入念な準備が必要だった。
翌日から、レーヴェにとって辛い日々が始まった。大人たちは従順な子どもを好んでいる。里子に出される時期を遅らせるために、レーヴェはひたすら大人たちへ反抗した。今まで耐えるばかりだった訓練でも、自ら相手に攻撃を仕掛けるようになり、時には癇癪を起こして物を壊して見せたりもした。それで施設から追い出されるなら、それはそれで構わなかった。このままここにいて、売られるよりはずっとマシだろう。
だが、どうにも大人たちはレーヴェのそれを年齢から来る反抗期だと受け取ったようで、叱られることこそあれど、追い出される気配は少しもなかった。
大人たちは巧妙だった。反抗的なレーヴェに対して、理不尽なことではけして怒らなかった。何が悪かったのかを自覚させるために、真摯にレーヴェに向き合った。もしあの話を聞いていなければ、レーヴェは心から彼らを信頼するようになっていただろう。そしていつか、彼らの言うことを疑いもしなくなったかもしれない。そう考えると、ぞっとした。
訓練の時間は日を追うごとに長くなり、剣や無手に止まらず、短銃や弓、乗馬の訓練が追加されるようになった。特に短銃は、かつて勇者がもたらしたという由来のある中距離武器で、魔力のないレーヴェでも扱え、かつそれなりの威力を持つ数少ない武器の一つだった。
弓も扱えないことはないが、その大きさから持ち運びに難がある。レーヴェの身体に合わせたものでは威力が落ちるため、やはり短銃の方が使い勝手が良かった。
皮肉なことだが、そうして過ごした日々がレーヴェのなかに眠るシュラハトの血を呼び起こしたのだろう。レーヴェの力はますます強くなり、遂には訓練相手の男にも負けぬようになっていた。
『そろそろ頃合いか』
あの夜から日課になっていた夜の偵察で、その言葉が聞こえた時、レーヴェは脱出することを決めた。準備はしていた。干肉や日持ちする食料を少しずつくすねて布袋に詰め込んだ。本当は短銃も持っていきたかったが、流石に管理が厳しく、持ち出すことは不可能だった。母が死んだ時にほんの少しだけ残してくれた数枚の銀貨と銅貨が鞄に入っていることを確認して、眠る妹を抱えて救貧院から抜け出した。
この周辺は神殿の影響力が強く、助けてくれる当ては見つからなかった。大体、どこもレーヴェのいた村と似たような状態か、それより少しマシなくらい。周りに助けてほしいと言ったところで、それが叶わないことはレーヴェが一番よく分かっていた。とにかく遠くへ逃げなければ。見つかったら、おそらくそれが最後になるのだろうと直感的に察していた。
途中で目を覚ました妹は、起きた時に知らない場所にいることに驚き帰りたいと泣いたものの、兄の様子がただならぬことに気付いて、すぐに大人しくなった。レーヴェ自身、うまく言葉には出来なかった。ただ、拙くもあの場所にいたら危ないのだと伝えるだけで精一杯だった。これからは二人で生きていくのだと伝えれば、ヒルシュは鼻を啜りながら頷いた。
けれど幼い二人を放って置いてくれるほど、この世界は優しくなかった。場所を転々としているうちに食料は尽き、母が残してくれた銀貨は同じく裏を住処にする物取りに盗まれた。
それでも妹だけは死なせまいと、やれることはなんでもやった。そのせいか、先に身体にガタが来たのはレーヴェの方だった。ある日裏手でゴミを漁っている時、場所の被った物乞いと揉めて殴られた。健常状態ならば簡単に避けられたはずのそれはレーヴェの弱り切った小さな身体を吹き飛ばした。
そうして身体を動かすことが出来なくなり、数日が過ぎて。あの日、菫に拾われた。
「おねえちゃん、だいじょうぶ?ないてるの……?」
心配そうな声でヒルシュに呼ばれ、菫は我に返った。
ふと視線を下に向ければ、話をしていたレーヴェまでもじっとこちらを見つめている。幼い二人の視線を受け、菫はたまらず二人を抱き締めた。
「わわっ!おねえちゃん?」
「っ」
「……大丈夫よ。ありがとう」
言葉に、ならなかった。こんな子どもたちが被害にあっていい理由なんて、どこにもないはずなのに。
「そうか……」
話を聞き終えたジークハルトが、深々と息を吐く。
「今日はもう下がって良い。しばらくはよく食べ、よく寝て、体調を整えるように」
ジークハルトはレーヴェの話を聞いて、肯定も否定もしなかった。王である彼が、情報の裏取りもなく子どもの話だけでそれを認めることは出来ないのは当然のことだ。頭ではそう分かっていても、レーヴェの話を信じてほしいと思ってしまう。
話を終えたレーヴェも、それ以上は何も言わなかった。小さく頷いて、促されるまま部屋を出て行くために菫の膝から降り、無言で手を引いた。反対の手をヒルシュと繋ぎ、二人に手を引かれる形で部屋を出ようとした菫の背中にジークハルトが声をかけた。
「スミレは少し残ってくれ」
「私……ですか?」
「話の途中だっただろう」
「ですが、」
戸惑い、手を繋いでいる二人に目を向ける。
「ねえちゃん、オレたち外で待ってるから。いくぞ、ヒルシュ」
「うんっ!おねえちゃん、はやくきてね」
そう言うなり、二人は廊下に出てしまった。幸い、周囲には侍女も騎士も複数いる。何事かあればすぐ声がかかるだろう。そう判断して、ジークハルトに向き合い、居住まいを正す。
「明日から、しばらく忙しくなる」
「……先ほどのことを、調べるんですか?」
「ああ、人身売買は我が国では違法だ。本当に法に反しているのならば捕える必要がある。魔術書の件は、少し遅くなりそうだ」
「構いません。そちらを優先してください」
「書庫や他の場所も含め、見て回れるよう手配しておく。自由に過ごして構わない」
「ありがとうございます」
ジークハルトの言葉を聞いて、菫は一つ頷いた。ヴィオレッタの死後に法律が変わったということではないようだ。国の変わり様からその可能性も考えていたが、違うと分かり安堵する。
「その、……何か出来ることがあれば、お声かけください」
手伝いを申し出ようとして、一度言葉を呑み込んだ。ヴィオレッタならまだしも、菫に出来ることとなると限られる。だが、この状況で自分だけが傍観者でいるなど、出来るはずもない。
「どうしてそこまでするのだ、見ず知らずの子どもだろう」
ジークハルトの言うことも尤もだ。確かに菫に取ってこの件は、あくまで被害者の子どもを拾っただけであり、直接的な関係者とは言えないかもしれない。けれど。
「私も、あちらで似たような施設で育ちました。放って、おけないんです」
口にしたのは、理由のうちの一つだった。今もなお、被害に遭っている子どもがいるかもしれない。そう考えるだけで胸が痛む。何より、どうしてそうまで変わり果ててしまったのか、その理由が知りたかった。
「……言いたいことは分かった。何かあれば頼むとしよう」
「わがままを聞いてくださって、ありがとうございます」
「いや」
「それでは、これで失礼します」
「ああ。――――」
一礼して背を向ける。扉に手を伸ばしたところで、不意に背後から小さな声が聞こえた気がして足を止める。振り返ると、ジークハルトがじ、と菫を見つめていた。その視線から逃げるように、菫はそっと目を反らし、足早に部屋を後にした。
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