26.影響の波紋
前話最後の台詞を修正しました。
「えらいやつなんて信用出来ない。みんな敵だ」
警戒心の滲む眼差しと、トゲのある言葉。けれど、その言葉を紡ぐレーヴェの表情は怒りよりも悲しみが勝っているように見えて、胸が痛くなる。
「でも……助けてくれたから。姉ちゃんになら、話しても……いい」
そう言って、レーヴェは路地裏で生活するようになるまでの経緯を話してくれた。
レーヴェとヒルシュが王都に住むようになったのは、共に暮らしていた母親が亡くなったからだと言う。元々は王都から馬車で数日かかるような、少しばかり辺鄙な場所にある、小さな村で親子三人静かに暮らしていた。だがいつからか物の値段が上がり始め、それまでの蓄えと収入では食料を得ることが難しくなり始めた。兄妹は今よりも更に幼く、とてもじゃないが働ける状態ではなかった。母親は子ども二人を養うために昼夜問わず働き続け、ある日無理が祟ってそのまま帰らぬ人になったらしい。
小さな村には神殿がなく、また当時、どの家も二人の家と似たような状態にあり、とてもではないが村で孤児の面倒を見ることは出来ないと、二人は村から一番近い、王都の西にある神殿・フラムへと送られた。
神殿の名前を聞いた時、菫の心臓が小さく跳ねた。
フラムは、光の女神の眷属である炎の神を祀る神殿だ。王宮から見て北西の位置にあり、光の女神の神殿、シュテルリヒトより規模は小さいものの、その影響力は勝るとも劣らない。なぜなら、フラムは王都内で光の魔力所持者の保護及び、次代の聖女教育を担っている場所だった。ヴィオレッタも五歳の時に光の魔力があると発覚した時から、フラムに預けられた。フラムは、ヴィオレッタがディルクと出会い、そして、ジークハルトと初めて顔を合わせた場所でもあった。
次代を養育するという役目を持っていたからか、フラムに併設された救貧院には子どもが多かった。またフラムの救貧院出身の子どもは、質の良い教育を受けることで個々の能力を伸ばし、様々な分野で輝かしい活躍を見せていた。
フラムの神殿長は自他共に対して厳しい方だった。その態度はどんな高位貴族に対しても変わることはなく、だからこそ厳格な教育者として周囲から信頼されていた。ヴィオレッタもその厳しさに正面から相対し、そして神殿長に信頼を寄せる人間の一人だった。神殿長から向けられるものは、全てヴィオレッタのことを想ってのことだと分かっていたから、聖女教育の時間も苦ではなかった。だから、レーヴェとヒルシュがフラムの救貧院に入れたのなら、それは喜ぶべきことのはずなのに。
「入ってからしばらくは、ふつう、だった。でも……」
震える声で、レーヴェが話を続ける。
レーヴェが五歳になって、魔力鑑定で“魔力なし”と判定された時から、周囲の大人の様子はおかしくなった。
それまでも、まったく問題がなかったと言うわけではない。当時から、他の子どもよりほんの少し力が強い傾向にあり、時たま思いも寄らぬ場所で、思いも寄らぬ物を壊したこともあった。だがそれはあくまでもほんの些細なもので、それまではレーヴェの個性として受け止められてきた。だが、魔力なしとなっては話が変わってくる。それほどこの世界では魔力がないというのは珍しく、シュラハトの民は伝説的な存在だった。
鑑定を受けて以来、レーヴェは他の子どもたちと離されることが多くなった。剣の訓練を受ける時間が増え、それは徐々に訓練よりも暴力のような苛烈さを増していく。しかし力を制御するために必要なことだと言われてしまえば抵抗も出来ず、黙々と訓練をこなす日々が続いたある日のこと。
その日は子どもの一人が里子に出され、いつもよりほんの少し豪華な食事が出た日だった。おめでとうと喜んで、はしゃぎ疲れた子どもたちが寝静まった深夜、レーヴェはやけに目が冴えて眠ることが出来ず、喉が渇いて水が欲しくなり、こっそりと部屋を抜け出した。食堂へと向かう道すがら、扉の隙間から、明かりの漏れ出る部屋があった。離れた場所にいても、大人たちの笑い声が聞こえてくる。普段とは違う様子に、気になって、レーヴェは扉の傍に身を寄せた。
『ははは!今回も良い値がつきましたな』
『ああ。やはり器量の良い子どもはいい。愛好家によく売れる』
『次はあれですか、あの黒目の』
『そうだな、まあ、あれは妹のためと言えばなんでもする。あれほど扱い易いものもいまい』
『妹の方はどうされるんで?黒目ではないようですが』
『血の繋がっていることは間違いない。あれは先祖返りかもしれんな』
『ならば、妹は売るより子を産ませてみては?上手くいけば同じものが産まれるやもしれませんぞ』
『それもまた一興か、ははは!何にせよあれが先だ。シュラハトの民を欲しがる先はいくらでもある』
『まだ妹の鑑定までは時間がある。じっくり使い方を考えましょう』
話の半分も意味は分からなかったが、それが良くないものだということは理解できた。
今日、院から送り出した子どもを思い出す。直接話したのは数えるほどだが、ヒルシュがよく懐いていた年上の少女。炎のような赤髪に、宝石のようにきらきらと輝く緑の目が印象的な子どもだった。面倒見がよく、下の子どもたちの世話を買って出ては、大人たちに褒められていたのを覚えている。
――逃げなければならない。
この場所から、大人たちから、逃げなければ。
肌を粟立たせるような怖気を感じながら、レーヴェは音もなくその場を後にした。
閲覧ありがとうございます。
ちょこちょこサイレント修正入れてます。いやちょっと修正が必要な部分が多くて書き出すと量がハンパなくてですね。なのでもし読み返した時に色々変わってたらオッここ修正入ったんかと思ってください。
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