25.騒動の顛末
幼い兄妹が落ち着きを取り戻したのを確認し、その後当事者に対する聞き取りが行われ、菫もそれに保護者として同席した。
騒動のきっかけは、ほんの些細な擦れ違いだった。
保護した兄妹の妹――ヒルシュが目を覚まし、部屋から顔を出した。それに気付いた騎士が、この部屋にいるように伝え、菫のもとへ向かう。一人残されたヒルシュは、見知らぬ場所と目を覚まさない兄を見ているうちに不安になり、ぐずり出した。水差しの水を替えるために部屋を訪れた侍女がそれに気付き、まだ眠ったままの兄が起きてしまわぬよう、泣き出したヒルシュをあやすために部屋の外へと連れ出した。
その間に兄――レーヴェが目を覚まし、妹がいないこと、知らない場所に一人で置かれたことにパニック状態になり、妹を探すために部屋をひっくり返す勢いで漁り出し。その物音に気付いた別の騎士が駆けつけ、兄を止めようとして声をかけたものの、見知らぬ大人の登場にますますレーヴェは警戒心を増し、手がつけられなくなり。そのタイミングで菫とジークハルトが部屋へと向かってきた、というのがことの顛末だった。
これは、言ってしまえば人員がもう少し多ければ防げたはずの騒動だ。これには菫自身にも多くの責任があった。子どもを保護したことだけではない。元々、慣れぬ世界だろうからと多数の侍女と騎士をつけようとした国側の申し出を断ったのは菫たちの方だった。四六時中周囲に人がいると落ち着かないという愛莉の意見もあるが、何より菫がこの国の人間と出来る限り関わり合いたくなかった。愛莉はそんな菫の気持ちを察して話を合わせてくれたのだろう。その結果、この部屋につけられた人員はごく少数の、最低限の人数でしかなかった。
当事者たちの処分だが、騎士と侍女は口頭での厳重注意に加え、騒動で壊れた物の被害額を俸禄から天引きする方向で話が付いた。
また、二人の兄妹に対する処分も、事情を聞いたことで厳重注意という段階で済ませることが出来た。
どうやらあんな状態にあってもレーヴェは無意識に力をセーブしていたようで、派手に吹き飛ばされはしたものの、被害に遭った騎士に大きな怪我がなかったことも幸いした。厳しい訓練と実戦を経たという言葉に嘘はなく、騎士自身、うまく受け身を取っていたらしい。本人は、見た目で判断するのがどれだけ愚かなことかを学び、自身を律する良い機会になったと、レーヴェに感謝しているほどだった。侍女も、軽率な行動を取ったことを必死に詫び、レーヴェに対しても申し訳ありません、と真摯に謝罪を告げていた。
ジークハルトは件の騎士と侍女を減俸と降格に処すと言ったが、それに待ったをかけたのが、他でもない菫だった。今回の要因の一部には自分にも責任があるため、もし自分には何も罰を科さないと言うのであれば、他の二人も口頭での厳重注意だけで留めてほしいとジークハルトに対して頭を下げたのだ。
菫の態度を見てジークハルトは暫し考え込み、だがそれだけでは周囲に示しが付かないと、被害額の賠償を命じることで話がまとまった。
処罰を防ぎ切れなかったというのに、その結果を聞いた二人にいたく感謝されてしまった。土下座のような勢いで頭を下げる二人を見て、菫は戸惑いながらも必死に二人を宥め、感謝と謝罪を伝えることで、兄妹と大人二人、両者の間にわだかまりはなしとした。そうして起きた騒動にひとまずの決着がついたものの、菫には気になることがあった。
それは、騒動で見たレーヴェの言動である。
確かに、見知らぬ場所で目を覚ませばパニックにもなるだろう。だが大抵は恐怖で竦んで身動きが取れなくなったり、泣いたりするものだ。妹、ヒルシュがそうだったように。けれどレーヴェは違った。何も知らない者が見れば、力が強いから暴れたのだと言うかもしれない。だが果たして、いくら力の強い種族だとしてもいきなりなんの策もなく、敵に飛び込んでいくだろうか。あれでは、まるで――誘拐されたのが初めてではなく、過去にも似たような経験をし、その結果どんなことが自分と妹の身に起きるのか、知っているような反応だった。
嫌な予感が脳裏を過る。そもそも、子どもたちが路地裏で生活していること自体が異常だった。この国は、建国の祖である勇者様による、子は宝という教えが残る国だ。
その教えに沿い、国内各地にある神殿には救貧院が併設され、親を失った子どもはそこで保護される。もちろん子ども以外にも、病や怪我によって仕事が出来なくなった民への救済も行っている。なぜ知っているのかと言えば、病や怪我の民に手を差し伸べることも聖女の職務の一環だったからだ。
社会的弱者を助けるのは王侯貴族の役目とも教えられ、それを果たすことにより、この国の王侯貴族は他国に比べ、民からよく慕われていた。
いくらこの国が異常状態に陥っているとは言え、まさか、それすらなくなってしまったのだろうか。
菫と同じく、ジークハルトもレーヴェの態度に疑問を持ったようで、場所を移して子どもたちから話を聞くことになった。
「あの……」
「どうかした?」
そして今。レーヴェは、先ほど暴れ回っていた子どもと同一人物とは思えないほどカチコチと緊張した様子で菫の膝の上に座っていた。その腹部にはしっかりと菫の腕が回っていて、勝手に降りることも出来ない。二人がけのソファの隣には妹、ヒルシュが座っていて、膝に抱かれるレーヴェを羨ましそうに見つめていた。
「おにいちゃん、いいなぁ」
「お話が終わったら、今度はヒルシュの番ね?」
「ほんと!?やったぁ!約束だよ、おねえちゃん!!」
きゃらきゃらとはしゃぐヒルシュを見て、菫も頬を緩ませる。二人の頭をそっと撫でれば、ヒルシュは嬉しそうに笑い、レーヴェは恥ずかしそうに耳を赤く染めた。
菫とて、何も子どもが好きというだけでこうしているわけではない。レーヴェは優しい子どもだ。きっと、本来は穏やかな性格をした大人しい子どもなのだろう。過酷な環境のなかで、妹を守ろうとする気持ちがその力を暴走させただけ。あの状況で騎士に手加減をしていたことも要因として挙げられる。だが、一度ことが起きてしまった以上、周囲が警戒するのも仕方のないことだった。しかし、シュトラスの民に普通の縄や鎖は意味をなさない。簡単に引き千切られてしまうからだ。
ならば、と。興奮状態に陥っても急に暴れ出すことのないよう、菫が拘束具代わりにレーヴェを抱いていることにしたのだ。
「そろそろ落ち着いたか?」
「……はい」
同じ部屋で、無言でこちらを眺めていたジークハルトが口を開いた。
ジークハルトが大人の、体格の良い男性だからだろうか。レーヴェはジークハルトに対して、未だ警戒心を解くことができないようだった。
「つらいことだろうが……どうしてお前たちが路地裏にいたのか、一から話を聞かせてほしい」
ジークハルトの言葉にレーヴェの表情が目に見えて強張る。唇を噛み締め押し黙るレーヴェを、菫もジークハルトも責めようとは思わなかった。
「……あんたたちは、えらいニンゲンなんだろ」
長い沈黙を経て、レーヴェが静かに口を開いた。
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