24.黒い瞳の民
一部サブタイトルを改題いたしました。
最早デフォルトになりつつあるあとがきの長さにご注意ください。
「様子を見て参ります、少々お待ちください」
騎士の一人がそう言って剣に手をかけ、声の方へと向かっていく。この先には、少なくとも菫の知る限り、己らが間借りしている部屋くらいしかないと記憶している。
そもそもこの離宮を使っているのは、現在、菫と愛莉の二人だけのはずだ。他に少数の侍女や騎士がいるが、彼らがあんな風に言い争うことなど、ほぼ有り得ない。少なくともヴィオレッタの記憶を振り返っても、そのような場面に遭遇したのは片手で数えるほどだ。
高位貴族はもちろん、王宮――王族に仕える人間には厳しい教育が施される。菫たちの境遇を考えれば離宮に配属される者たちは、そこから更に厳選された者になっているだろう。当然と言えば当然の話だ。だからこそ、そんな声が聞こえて来たのは異常事態以外の何物でもなかった。
「大丈夫だ」
一体何があったのか。その不安が顔に出ていたのだろうか。ジークハルトから、宥めるような声がかかる。
「ここにいる騎士たちは皆、厳しい訓練と多くの実戦経験を経た者ばかりだ。たとえ侵入者がいようとも――」
ジークハルトが紡ぐ慰めの言葉を遮るように、大きな破壊音が響き。何事かと問う前に、部屋の扉が吹き飛んだ。息を吐く間もなく、まるで紙でも飛ばすような勢いで騎士の身体が廊下へと放り出された。
「陛下!お下がりください!」
「ここはどこだ!ヒルシュをどこへやった!?」
部屋から飛び出して来たのは、菫が路地裏で助け、連れ帰った子どもの、兄の方だった。しかし、どうにも興奮状態で、様子がおかしい。一度、菫の傍で目を覚ました時は、あんな様子ではなかったのに。それに言っていることも気になった。
ヒルシュというのは、おそらく、菫が市場通りで助けた子ども。離しては不安だろうと一緒に部屋に寝かせていたはずなのに。それにこの状況の説明がつかない。見たところ、彼はまだ五歳、多く見積もっても六歳程度に見える子どもだ。身体だってその年頃の平均よりずっと細く頼りない。一瞬、魔力の暴走という可能性が脳裏を過ったが、ここに来るまで、そして今も魔力の動きを感じていない。
「幼い身体に見合わぬ剛力、魔力を持たない証の黒い瞳。――戦場の民か」
「!」
シュラハトの民。
大多数の人間が魔力を持つこの世界で、殆ど唯一と言って良い、魔力を持たない種族。
魔力を持たないが故に魔力に干渉されることもない。魔力がない代わりか、その身体能力は超常と言えるほどに高く、不可能を可能にしてしまえる力を持つという。生来温厚で争いを好まず、己らの力を理解した上で、人の寄り付かない高山に住む民族であるが、戦場に立てばまさに一騎当千。過去の戦ではシュラハトの民一人で一万の軍勢を撃退したとも伝えられている。
この国では、かつて勇者が魔王を打ち倒すべく歩んだ旅路にシュラハトの青年が同行し、勇者と聖女を大いに助けたことでも有名だった。
だが皮肉にも、魔王を倒した結果広く能力を知られるようになり、勇者亡き後は何度も奴隷狩りの被害に遭い、今では純粋なシュラハトの民は滅んでしまったのではないかとも言われていた。ヴィオレッタも、知識としては彼らの存在を知っていた。だがそれは書物からの情報であり、聖女として様々な場所へ足を運び、多くの人々と出会ったが、その中でも彼らと思わしき特徴を持つ人間と顔を合わせる機会を得ることはなかった。
日本へ転生した時も多少驚きこそしたが、生活する間にその世界性も含めてそういうものだと思うようになり、成長するうちにそれが当たり前になってしまっていた。そのせいで、一度目を覚ました彼が黒目であることに違和感を覚えることが出来なかった。
「ここは危険です、陛下と渡り人様はお下がりください。こうなっては……」
「待ってください、だめ!」
接近戦で相手取るのは無理だと見切りを付けたのだろう。騎士の一人が短銃を取り出したのを見て、菫はたまらずジークハルトの腕を振り解き、騎士と子どもの間に飛び出した。
これが己の我儘だと分かっていた。ましてや、あの子どもは菫が連れ帰った、言わば自分が撒いた種。本来なら捕縛や無力化の手伝いをするか、出来なければ邪魔にならないよう下がっているのが筋だろう。頭では分かっていても、それを認めることは出来なかった。
「っ!?」
「お退きください、渡り人様!」
「……スミレ」
背後から、子どもが動揺するような気配がする。いくら騎士に言い募られようと、ジークハルトに名を呼ばれようと、その場から引く気はなかった。
「彼は私がここに連れてきました。責任なら、私が取ります」
「しかし!」
「私は兄妹を保護してここへ連れてきました。陛下のところへ行く前も、二人が眠っていた姿を見ています。もう一人はどこへ?」
確認するように周囲に視線を向け、次いで背後にいる子どもの姿を確認する。こちらを見る表情は、怒りから来る興奮状態から、驚愕と困惑の入り混じったものへと変わっていた。
「それは……」
「おにいちゃん!」
「ヒルシュ!」
緊張で張り詰めた空気が漂う廊下に、幼い声が響く。
少年よりも更に小さな少女が、兄である少年のもとへ駆け寄り、飛びついた。確認出来る範囲で、少女に怪我はない。互いの無事を確認し合う兄妹の姿を見て、菫もほっと胸を撫で下ろした。
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