23.拭えぬ不安
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「ようやく表情を変えたな」
「え……」
「ここに来てから、ずっと強張った顔をしていた」
ジークハルトに指摘されて、菫は無意識に自分の身体を覆っていた緊張感の存在を、ようやく自覚した。
「それで?」
「……?」
「話というのはそれだけでいいのか」
「ぁ、……その、可能であれば、書庫等の閲覧許可をいただき、たくて」
「書庫?」
「この世界のことを、知りたいので」
菫の言い分におかしなところはない、はずだ。
「それだけでいいのか」
「……」
話の先を促され、菫は言葉に詰まる。仕事がほしい。そう、伝えればいいだけの話だ。だが、今の自分に何が出来るのかと問われれば、答えに窮する。
読み書きが出来ては不自然だろうし、計算が出来るとしてもそこには既に官吏がいるだろう。学びながら出来る仕事がほしい、なんてあまりに都合が良すぎはしないか。
聖女は光の魔力――そのなかでも、癒やしの魔法に類するもの以外、使うことが出来ない。菫がヴィオレッタとして生きていた頃も、その魔法以外使ったことがなかった。それが許されていたのは、幼少期から稀有な光の魔力を保持していたからであり、アマリアが現れるまで、聖女として認められていたからだ。
では、菫になって、この世界に来て、別の力を使えるのかと問われると、正直、分からなかった。何せ、使ったことがないのだ。自分のなかに魔力の存在を感じ取ることは出来る。だが、それが光属性以外の、どの属性を持っているのかまでは、菫自身、分からずにいた。
光の魔力を持っていることを伝えれば、おそらく仕事はいくらでもあるだろう。けれど光の魔力を持っていることが露見すれば、否応無しに聖女として擁立されかねない状況にあることも理解している。
日本では、誰も魔力を持っておらず、魔法が使えなくて当たり前の世界だった。だがこの世界では、大きさの大小はあれど、一部特殊な例を除いてほとんどの人間が魔力を持っている。平民であっても生活魔法程度は使えることが多い。そんな世界で、果たして己の魔力に頼らず何が出来るのか。自分には、聖女としての価値以外、何が残るのか。ここに来て、菫は自分のことが分からなくなってしまっていた。
何か言わなければ。そう思い、口を開きかけた菫を遮るように、扉の向こうからノックの音がした。
「入れ」
「失礼いたします。ご歓談の最中に申し訳ありません」
「火急の用件か」
「いえ、」
扉を開いて現れたのは、見覚えのある顔。確か、菫が与えられた部屋の前で立ち番をしていた騎士だ。ジークハルトへの取次を頼んだのもこの騎士だったはずだ。
ジークハルトが用件を尋ねると、騎士が僅かに菫の方へと視線を向けた。
「?」
「……ですが、渡り人様が保護された子どもが一人、目を覚まされましたので、お知らせした方が良いかと」
騎士からの知らせを受け、菫は反射的に椅子を引いて立ち上がった。
「……申し訳ありません、中座することをお許しください」
「自分が拾ったのだ、気にもなろう。顔を見に行くと良い」
「ありがとうございます。突然お時間をいただいて、申し訳ありませんでした」
「構わん。……いや、やはり私も共に行こう」
「陛下!?」
そう言うなり、ジークハルトは立ち上がり、菫を部屋の外へと促す。ジークハルトの行動に困惑したのは菫だけではなかった。むしろ、騎士の方が驚いた顔でジークハルトを見る。その声を聞きつけ、扉の外にいた近衛騎士たちから室内の様子を伺うような視線を向けられ、菫はそっと目を逸らした。
「ただ離宮に行くだけだ、何の問題がある」
「御身に何かあれば国が揺れます。せめてノルドハイム様をお呼びするまでお待ちください」
「ああ、ヨハンなら帰した」
「帰した!?」
ジークハルトのあまりの物言いに騎士の声が裏返る。ヨハンと言うのは、この部屋の前で遭遇した眼鏡の男のことだろう。話から察するに、あの男はやはりと言うか、それなりの地位に着いているらしかった。
「ここ何日もずっと城に詰めていただろう。そろそろ帰してやらねばあやつの子どもたちに恨まれる」
「いや、確かにノルドハイム様のお子様方は過激なところがお有りですが、しかし」
「そんなに心配ならお前たちもついてくればいいだろう。スミレ、行くぞ」
「へ?あっ、ええっ……?」
痺れを切らしたのか、ジークハルトは知らせを受けたものの勝手に出ていくことも出来ず、事の成行きを眺めていた菫の腕を掴み、足早に部屋を出る。突然のことに何がなんだか理解出来ず、引きずられるように菫もその後に続いた。
「あの、待ってください、……痛っ……」
ジークハルトと菫の間には、10cm以上の身長差がある。菫も女性のなかでは背が高い方だが、ジークハルトはその菫より頭一つ分以上大きい。故に歩幅も違う。引っ張られる形で忙しなく足を動かしていたが、たまらず転びそうになった菫を、ジークハルトが腰に腕を回し、身体を支えることで転倒を回避した。
「すまない、大丈夫か」
「っ、は……い。ありがとう、ございます……」
その距離の近さに、菫は思わず息を呑む。
聖女は常に清らかでなければならない。神殿では、己を律し、いついかなる時も感情を制御することで、聖女としての力を発揮することが出来るのだと教えられてきた。故に、欲を孕む行為――特に、異性との接触は、聖女にとって禁忌とされていた。そのため、ヴィオレッタがジークハルトの婚約者であった頃も、こんなに近くでジークハルトに寄り添ったことはなかった。
「……細い。こちらの食事は口に合わなかったか」
「いえ、あの……大丈夫、です」
「ああ。食事は自分たちで作っているのだったか。あれも味は悪くなかった」
ジークハルトの言うあれが、魔力熱で寝込んでいた愛莉のために作ったパン粥のことを指していることはすぐ分かった。
「パン粥は、幼児だとか、胃が弱った人向けのものなので……消化の良さを考慮すると、ああいう、柔らかくて流動性のあるものがいいんです」
「ふむ。興味深いな」
あまりにも自然にジークハルトが話を繋いで来るものだから忘れそうになるが、距離は近いままだ。
「……もう、支えていただかなくても大丈夫です。ありがとうございました」
やんわりと腕を押して身体を離そうとするが、力の差か、びくともしない。
「あの……?」
どうすればいいのかと一歩後ろで控えている騎士たちに視線を向けてもサッと目を逸らされてしまう。
途方に暮れかけたその時、前方から、言い争うような声が聞こえて来た。
サブタイを付けるのが苦手すぎる件。
すみません、おそらく今後タイトル未定が増えることが予想されます。ナンバリングだけでいい気もするんですが、サブタイを付けないと自分がどこで何を書いたか忘れてしまうんですよね…
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