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01.稀代の魔女 ヴィオレッタ・クリフォード

連載が詰まっているので息抜きに見切り発車で始めてみました。よろしくお願いします。

『ヴィオレッタ・クリフォード、稀代の魔女、今日断頭台へ』


 格子の嵌め込まれた窓から、ヒラヒラと落ちてくる新聞。

 一面の見出しに載った己の名前。描かれた己の肖像は悪鬼の如く表現され、顔も名前も知らぬ人間が、紙面で高らかに己への罵詈雑言を並べ立てている。薄暗く湿っぽい牢獄の中、ヴィオレッタは無感動にそれを眺めていた。


 どうしてこんなことになったのだろう。

 何度も、何度も考えた。聖女に選ばれたのが悪かったのか。王太子――ジークハルトの婚約者となったのが悪かったのか。公爵家に生まれたのが悪かったのか。それとも、それとも――。いくら考えてみても答えは出ない。


 与えられた役割を、こなすだけの人生だった。

 公爵家の娘として生を受け、五歳の魔力鑑定で光の魔力を見出された。あれよあれよと言う間に聖女として認定され、神殿で神様へと祈りを捧げた。視察に訪れたジークハルトと出会い、見初められ、聖女の務めが終わったら婚姻を結ぶはずだった。役目が終わったら、色んなところに一緒に行こうと約束した。年中花が咲き乱れる花畑、見渡す限りの海、眩しいほど無垢な雪原、見たことのないものを共に見ようと言ってくれた。その言葉がどうしようもなく嬉しくて、思わず泣いたこともある。いつも冷静なジークハルトが慌てる様が面白くて、つい、笑ってしまったっけ。与えられてばかりだったけれど、本当に幸せな日々だった。


 もう、何もかも叶わない夢だけれど、ヴィオレッタは確かにその日々を愛していた。


「出ろ」


 牢獄の鉄格子が開いて、四肢に繋がれた鎖を引かれる。よろめきながら、引きずられるように牢を出た。外からたくさんの人々の声がする。罵詈雑言と共に石が飛んでくる。そのいくつかが顔に当たって、皮膚が切れたのか、視界を赤く染めた。


 たった数段しかないはずの、断頭台へと続く階段が、弱った身体にはやけに長く感じる。けれど、俯くわけには行かなかった。


 ――ヴィオレッタ。お前はいつだって正しい。疚しいことがないのなら、胸を張って前を向きなさい。


 頭の中で、兄の言葉が蘇る。顎を引いて前を向く。たとえこれから散る命だと分かっていても、他ならぬ、最後まで自分を信じてくれた兄のために、胸を張っていたかった。そうして辿り着いた先には、ジークハルトが立っていた。その傍らには、見知らぬ女が寄り添っている。


「犯した罪を認めたか」


 ジークハルトの侮蔑を含んだ冷たい声に、ヴィオレッタは微笑みを添えて答えた。


「いいえ、殿下。わたくしは無実です。わたくしは、何の罪も犯しておりません」


 ヴィオレッタの顔を見て、ジークハルトに寄り添っていた女がひっとか細い悲鳴を上げた。それを聞いたジークハルトが憎々しげにヴィオレッタを睨む。


「アマリアをあれほど傷つけ、笑顔を奪ってなおその言い草か」

「わたくしはアマリア様という方を存じません。知りもしない方を傷つけるなど不可能なことでしょう」

「この期に及んで眉一つ動かさない……冷血な魔女め!貴様など、最早生きている価値もない!」


 牢獄に閉じ込められて弱った身体は、ジークハルトに突き飛ばされ、呆気なく断頭台の下へと倒れ込んだ。しかしヴィオレッタはそのまま沈むことなく身体を起こし、背筋を伸ばす。断頭台の下だとは思えぬ凛とした表情に、どこかで、誰かが息を呑む音がした。


「――言い残すことはあるか」


 ヴィオレッタをここまで連れてきた看守が問うた。


「……お兄様に。お帰りをお待ちできずに申し訳ありません、と……」


 ヴィオレッタは何の罪も犯していない。けれど、それを主張し続けることに疲れてしまっていた。ヴィオレッタが何を訴えようと、どんなに言葉を尽くそうと、誰も聞いてなどくれないのだ。その状態が何度も、何年も続いて、最早ヴィオレッタは己が正気なのかも分からなくなりかけていた。


 このまま気が狂って、本当に罪を犯してしまう前に死ねるのならば、それはヴィオレッタにとって幸せなことだった。唯一、心残りがあるとすれば、それは兄のことだった。


 ヴィオレッタと同じように光の魔力があり、その強さ故に半ば神殿に拐われ、閉じ込められるようにして育った兄。血は繋がっていない。神殿の庭で出会い、ヴィオレッタが兄のように慕っているだけだった。お兄様と呼ぶと、とても嬉しそうに笑ってくれるのだ。その兄だけが、ヴィオレッタの無実を信じていた。


 兄は今、大陸各地にある神殿へ巡礼の旅に出掛けている。それが終われば大神官になれると言っていた。そうすれば、ヴィオレッタを救うことが出来るから、待っていてほしいと。けれど、兄の帰りを待つことなく、ヴィオレッタは処刑される。王太子、ジークハルトの強引な独断専行によって。兄が大神官になり、ヴィオレッタの後ろ盾につけば処刑が難しくなると踏んでのことだ。


 ジークハルトは変わってしまった。ジークハルトだけではない。ヴィオレッタの周りにいる多くの人間は、少しずつ、けれど明確に分かるほど変わってしまった。ただ一人、兄を除いて。けれども、ヴィオレッタにはそれだけで十分だった。たった一人でもヴィオレッタを信じてくれる人がいる。その事実はヴィオレッタの荒んだ心を間違いなく救い上げてくれた。


 もし、本当に神様がいるのなら。どうかあの優しい人に、幸せを届けてほしい。


「執行しろ」


 ジークハルトの声と共に、風を切る音がした。目を閉じて、そして――……


 ヴィオレッタの記憶は、そこで途切れている。

閲覧いただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] あらすじで惹かれました。 少し話数を溜めて一気に読むことになろうかと思いますが楽しみにしています。
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