13.映る世界
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ちょっと長めです。
しゃべるラッパ、表情豊かなひまわり、空飛ぶ車、二足歩行する犬。
愛莉の見る世界は、いつだって不思議なもので溢れていた。
愛莉は曾祖父、祖父母、両親と三世帯で暮らす家に生まれた一人娘だった。
曾祖父の代で興した会社を、祖父が大きくし、父へと受け継がれる。丁度その引き継ぎの時期に愛莉は生を受けた。忙しい祖父母と両親に変わって、愛莉の面倒をよく見てくれたのが曾祖父だった。曾祖父は優しい人だった。いつもにこにこ笑って愛莉の話を聞いてくれた。けれど高齢な曾祖父では一日中愛莉の面倒を見るのは難しい。母の育児休暇が終わると同時に、愛莉は幼稚園へ預けられることになった。
愛莉は生来活発で、色々なものに興味を持つ子供だった。幼稚園で初めて自分と同じ年頃の子供を見た。子どもたちの周りには色んなものがたくさんあった。子供の特有の無邪気さで、同じ組の子どもたちとはすぐに仲良くなった。
ある日、年長組の子供と一緒に遊ぶ機会があった。自分より大きなお兄さん、お姉さんたちに遊んでほしくて、愛莉は友だちと一緒に年長組に駆け寄った。けれどそこで、駆け寄った愛莉は一人の子供に突き飛ばされた。
『おまえなんだよそのアタマ!きもちわるい!ちかよるな!』
愛莉は生まれた時から色素の薄い子供だった。今は亡き曾祖母が外国人であり、愛莉は曾祖母の血を色濃く受け継いでいた。家族の誰とも、友だちの誰とも違う色。けれど家族も、友だちも、誰からも何も言われたことはなかったから、その子に言われるまで自分の色が周りと違うことなんて忘れていた。
『そんなトゲトゲしたあぶないものふりまわしてるほうがわるいこだもん!みんなないてるのに、どうしてそんなひどいことするの!?』
売り言葉に買い言葉。そこからはもう、取っ組み合いの喧嘩になった。
先生たちに引き剥がされて、事情を聞かれた。愛莉はされたこと、見たことを素直に伝えた。けれど先生たちは困った顔をして愛莉を叱った。
『突き飛ばしたのは くんが悪いけど、愛莉ちゃんも噓をついちゃダメよ』
噓なんて一つもついていないとどんなに訴えても聞き入れてもらえず、両親が呼び出され、親同士の話をして、愛莉も相手の子供に謝罪をさせられた。両親は、愛莉の言葉を否定しなかった。ただ、困ったような顔をして、あんまり一緒にいられなくてごめんね、と謝られた。直感的に、信じてもらえていないのだと悟った。
家に帰って、曾祖父に泣きついた。愛莉が見えているものの話をして、噓なんかついていないと言えば、曾祖父だけが愛莉の話を肯定してくれた。そうして愛莉は、いつも見えている不思議なものが、人の心の形だということを知った。それが他の人には見えないものだと言うことを教えてくれたのも曾祖父だった。
ひいおじいちゃんも見えるの、と聞いた時、曾祖父は寂しそうな顔で首を横に振った。そして、曾祖父の双子の兄の話をしてくれた。
曾祖父の兄も、愛莉と同じ、人には見えないものが見える人だったそうだ。
身体が弱く、幼い頃はろくに外に出ることも出来なかった曾祖父に色々なことを教えてくれた兄は、大きな戦争に行って、そのまま帰って来なかった。一度だけ曾祖父宛に荷物が届いたことがあり、中身は見たこともないような金銀財宝だったという。
それを届けてくれたのが曾祖母で、それをきっかけに身寄りのない曾祖母と一緒に暮らすようになったことだとか。それをお金に変えたことで治療を受けることができ、残りを元手にして会社を作った話だとか。曾祖父は色んな話を聞かせてくれた。
曾祖父のおかげで落ち着きを取り戻したものの、幼稚園ではそうはいかなかった。
見えないものをあると言って騒いだ愛莉は、嘘つきな子として園児のなかで浮くようになった。今振り返ってみれば、暴れたのもよくなかったのだろう。一人ぼっちになって、けれど忙しい両親にそれを言うことは出来なかった。遊んでいる周りの園児を観察しているうちに、段々と心の形の見方が分かるようになった。
愛莉と喧嘩をしたあの男の子はいじめっ子で、心がトゲトゲしていたのは周りを無理矢理従えていたから。周りの子の心が泣いていたのは、あの男の子が怖かったから。心の形はたくさんあって、人それぞれ違うこと。
そうやって観察しているうちに月日は流れ、愛莉と喧嘩した男の子は卒園し、徐々に周りもまた愛莉と遊んでくれるようになった。そんな折り、曾祖父が倒れた。
それからはあっという間だった。曾祖父は最後まで愛莉の心配をしてくれていた。けれど、曾祖父の傍にいる、綺麗な青い鳥はどこか嬉しそうにも見えた。曾祖父が危篤状態になり、愛莉が病院に駆けつけた時、青い鳥は一鳴きして遠くに飛んで行ってしまった。それを見て、愛莉は曾祖父がどこか遠いところへ行ってしまったのだと理解した。
曾祖父が亡くなった後、前々から関東に会社の支部を作るという話が出ていたこともあり、家族でそちらに引っ越すことになった。そして明と出会った。
男性を形容するにはおかしいかもしれないが、明と初めて顔を合わせた時、愛莉はなんて綺麗な人だろうと思った。当時成長途中だった明はかっこいい、とか、男らしい、というよりは中性的で整った顔の綺麗なお兄さんだった。幼いながらにどんな心の形をしているのか気になって、明に話しかけた。明は面倒見がよく、時間があればよく愛莉の相手をしてくれた。どんなに話しかけても、時には悪戯をしてみたり、我儘を言ってみたりしても、愛莉は明の心を見ることが出来なかった。こんなことは初めてで、ますます明に纏わりつくようになった。
明と関わるうちに、気付いたことがある。明はまるで見えているかのように、悪い心の人間を避けるのだ。その頃には、愛莉も人の心が綺麗なものばかりでないことを知っていた。心と外側が一致しない人がたくさんいることも。どんなに人の良さそうな顔をしていても、心が悪いものだったら、明は的確にその人を避ける、或いは察知されないよう遠ざけてきた。何度もそんな場面に遭遇し、思い切って聞いたことがあった。
『あきにぃも、ひとのこころがみえるの?』
そう尋ねた愛莉を見て、明は一瞬驚いたような顔をした。
『お前は見えるんだな』
少し考えてから、明は笑って愛莉の頭を撫でた。
『オレは見えない。けど、そういう知り合いならいたぞ』
『会ってみたい!』
『……お前がいっぱい勉強して、大きくなって、まだ見えてたら、そういう機会もあるかもな』
明にしては珍しく、曖昧で不確かな言葉。それが過去形だったことに気付いたのは、何年も経った後のことだった。
成長するにつれ、愛莉は自分が周囲の人間より恵まれていることを知った。同時に、容姿と家庭環境で、一部から自分が妬まれ、疎まれる存在であることにも気が付いた。人間の悪意は恐ろしい。それが集団になればなるほど凶悪になって、気付いた時には誰も止めることが出来なくなる。その恐ろしさを愛莉はよく知っていた。他人から悪意を向けられないために、どうすればいいのか。多くの人と関わるうちに、愛莉は次第に周りから求められる自分を演じるようになっていた。
男性から求められるのは、可愛らしく護りたくなるような自分。女性から求められるのは、少し内気で子供っぽいマスコットのような自分。そのどちらも愛莉の本質からは程遠かったが、演じるうちに慣れていく。望まれる神埼愛莉を演じていれば、周囲から排斥されることも、悪意をぶつけられることもなかった。
短大に進学した頃、明から、結婚したい相手がいると打ち明けられた。この頃には、両家の、特に明の両親は愛莉と明が結婚することを望んでいることを、お互い言葉にしなくても気付いていた。けれど、愛莉と明の間には恋愛感情なんてものは欠片も存在しなかった。強いて言えば、家族愛というものが近いだろうか。明に撫でられた時、思い出すのは曾祖父のことだった。兄のことを話す曾祖父と、愛莉を撫でながらどこか遠くを見ている明の表情はよく似ていた。
だから、明からその話をされた時、愛莉は素直に喜ばしい話だと思った。相手のことを話す明の顔がとても優しかったから。明が過去のことでなく、今を見て生きていることが嬉しかった。
就職活動の時期になり、進学か就職か、進路に悩んでいた時、明からうちの会社はどうだと誘われた。前々から愛莉が興味を持っていた分野で近いうちに新規事業を立ち上げるからと。明の会社は中小企業ながらにホワイトで、職場環境がよくなかなか競争率は高い。しかも愛莉は経営者と顔見知りだ。
縁故入社は嫌だと言う愛莉に、明は笑って、伝えておくと言ってくれた。結果、採用試験を突破し、入社してからも出来るだけ明と距離を取った。明の交際相手が社内にいることを知ったのは、研修が終わり、配属先が決まった頃だった。
愛莉が配属される先に、交際相手――穂積菫がいると言われ、そこで初めて菫の名前を知った。
顔を合わせて、驚いた。菫の身体を、きらきらと、オーロラのように煌めく光が包んでいる。それが菫の心の形だと気付いたのは、知り合ってからしばらく経ってからだった。
菫は誰にでも分け隔てなく優しかった。優秀で、常に微笑みを絶やさず、けれどほんの少し天然なところもある。菫が下請け会社から明に引き抜かれて来たというのはそれなりに有名で、入社当初は女性社員からのやっかみもあったらしいが、菫本人が全くそれに気付かなかったため、相手が根負けしたのだと笑い話になっていた。
菫はどんな些細なことにもよく気づき、褒める言葉を口にした。お世辞でもなく本人が自信を持っている部分、本人すら気付かなかったところすら褒めるものだから、若い社員によく慕われていた。少なくない恋慕を向けられて、それを明が追い払うのまでが一定の流れだった。
菫は、愛莉が明と話をしていても、一切負の感情を向けてこなかった。ほんの少しだけ、明への気持ちを疑ったこともある。けれどその疑念は二人を見ているうちにすぐ霧散した。明と話をする時だけ、菫を包むオーロラが薄紅色に色づくのだ。そして柔らかい光が二人を包む。明の心は相変わらず見えなかったが、菫と話している時の明の目は、愛莉が知るどんな時より甘く、優しかった。愛莉はそんな二人を見ているのが好きだった。
だから、明から、失敗したかもしれないと連絡が来た時は驚いた。両親に紹介してから菫の様子がおかしいのだと。タイミング悪く明は出張で会社を離れなければならず、出来れば菫の様子を見てほしいと頼まれ、一も二もなく頷いた。何も知らないふりをして、残業をしている菫に会いに行き。そして、聖女召喚に巻き込まれた。
あの時、愛莉は菫の足元におかしな模様が浮かび上がる瞬間を見た。咄嗟に声を上げたが間に合わず、二人で見知らぬ世界に連れてこられて。
空間を埋め尽くしていた光が収まって、見えたのは、得体の知れない何か。周りの音も、光も、全てを塗り潰すような色濃い闇。その矛先がゆらゆらと揺れ動きながら、菫へと迫っていた。
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