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12.後輩の秘密

 食事室から部屋に戻ってしばらく。菫も愛莉も、互いに口を開かなかった。


 リリアンナは、気を利かせて席を外してくれている。二人きりの部屋を、言いようのない沈黙が支配していた。


 菫には、愛莉がどうしてジークハルトに対してあんな態度を取ったのか、その理由が分からない。もちろん、先程の出来事で愛莉を責めるつもりもなかった。訳の分からない状況で体調を崩して、やっと回復したかと思えば呼び出され、謝罪も事情の説明もなく好きにしろと言うのは、あまりにも酷い扱いだろう。


 態度こそきついものではあったが、愛莉の主張自体は的外れと言えないはずだ。ただ真っ当に、強制的に呼び出したことに対する適切な対応を求めただけ。


 けれど、普段の様子を思い返せば、ジークハルトに対する愛莉の態度は明らかに異常だった。


 菫から見た神埼愛莉という存在は、交際相手である東堂明の幼馴染で妹分。明から聞いていた通り、多少人見知りと引っ込み思案の気があるものの、当人にも自覚があり、改善しようと努力する姿勢がある。慣れてしまえば人懐っこく、その華やかな容姿から男性社員に人気があり、囲まれていることも多々あった。人を良く見ていて、周囲が気付かないような小さな変化によく気付く気配り上手な一面もあり、女性社員との仲も悪くないように見えた。


 本人は可愛いものが好きだと公言していて、私用のスマホやキーリングには拳ほどの大きさのテディベアをつけている。明の言う通り見た目で誤解されそうなところはあるものの、真面目な努力家で、流行りに敏感な年下の女の子。それが菫の持つ愛莉の印象だった。


 けして故意に他人の話を遮ったり、途中で席を立つような無作法をする性格ではないはずなのだ。少なくとも、菫はここに来るまでに、愛莉がそんなことをしたと聞いたこともなければ、その場面に遭遇したこともない。


 あの場にいた騎士や、ジークハルトから見たこちらの印象はけして良いものではないだろう。本来なら、菫があの場に残って愛莉のフォローをするべきだった。帰るためには、彼ら、特に一番事情に詳しいであろうジークハルトからその方法を聞き出す必要がある。


 ――けれど。

 菫の手を引く愛莉の手は、震えていた。何かに怯えるように、この部屋に入るまで、ずっと震えたままだった。目の前にいる愛莉を見る。唇を引き結んで、今にも泣き出しそうに見えるのは、菫の気のせいではないだろう。


「神埼さん」

「っ!」


 菫が名前を呼べば、愛莉の肩がびくりと跳ねる。


「――ありがとう。私を、守ろうとしてくれたんでしょう?」


 これは、菫の自惚れかもしれない。けれど、菫が愛莉のことを守りたいと思っているように、愛莉も、もしかしたらそう考えているのではないか、なんて、自分に都合のいい妄想をしてしまう。


 菫には、愛莉が何を見て何を考えているのか、はっきりとしたことは分からない。ヴィオレッタの記憶を持つ菫とは違い、召喚により強制的に呼び出され、初めてここに来た愛莉の目にこの世界はどんな風に映っているか、想像することは難しい。


 だけど。いや、だからこそ。一人で抱え込まないでほしいと思うのだ。


「……せんぱい、は」

「うん」

「せんぱいはっ……せんぱいは、あきにぃのおよめさんになるんですっ……!」

「……んっ……?」

「一緒に、帰るんです、絶対!だからっ、だから……あの人に、近づかないで……っ」


 一瞬、何の話か分からず聞き返しそうになってしまった。それをぐっと飲み込み、続く言葉を待つ。


 愛莉と一緒に、元いた場所――日本に帰る。言われるまでもなく、その気持ちは変わっていない。ここは菫にとって、既に過去の世界。この世界で死んだ自分がここにいること自体、本当なら異常(おかし)なことなのだから。だが同時に、愛莉がこの世界に一人で来ることにならず良かったと、安堵もしていた。


 ()()()というのは、おそらくジークハルトを指すのだろう。愛莉の目に映るジークハルトは、一体どんな存在なのか。


 少なくとも、ジークハルトの見目は悪くない。初見で、大体の人間は好感を持つような美丈夫だ。しかし今回の場合、先に強制的に訳の分からない場所に連れてこられたという悪感情が前提にある。それにしても、ただの犯罪の首謀者というだけにしては、愛莉の怯え方は尋常でないように思えた。


「……引かないで、聞いてくれますか……?」


 不安そうに己を伺う愛莉を見て、菫は笑う。


「神埼さんが一人で溜め込む方がいやだな。でも、無理して言わなくてもいいんだよ?言えないことの一つや二つ、誰にでもあるし……」


 菫に、ヴィオレッタという前世の記憶があるように。愛莉にも、何かしら誰にも言えないような秘密があってもおかしくない。それを、無理に聞き出そうとする気もなかった。


 ジークハルトたちへのフォローは必要だろうが、それはそれ。直接顔を合わせずとも、謝罪の手紙を書くなりなんなり、やりようはいくらでもある。なんなら、兄が帰ってくるまで引き篭もっていたって、誰も責めたりしないだろう。


「……聞いて、ほしいです。……せんぱい、わたし――」


 ――人の感情が、見えるんです。


 告げられたその一言は、まったく予想していないものだった。

閲覧ありがとうございます。

三角関係に関するたくさんのご意見ありがとうございました!作者と同じ考え方の人もいれば違う人もいて、言葉一つとっても色々あるなと大変参考になりました。あえてタグをつけるとしたら【三角関係(哲学)】とかですかね。今のところ本編にその要素が薄いので、濃くなってから考えたいと思います。未来の自分に期待します!


『面白かった』『続きが読みたい』『更新速度あげてほしい』などありましたら、ブックマークとともに下の評価ボタンを押していただけると励みになります。次回【タイトル未定】更新をお待ちください。

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