11.朝食
まるで囚人のようだ。大勢の人間に囲まれながら、ぼんやりとそんなことを考える。
菫と愛莉を中心に、前方にリリアンナ、左右を騎士が固め、すれ違う人々が皆恭しく頭を下げる。大名行列も真っ青な物々しい雰囲気に、菫は人知れず溜息を吐いた。隣を歩いている愛莉の顔を盗み見る。ゆっくり休養を取ったからか、初日に比べて顔色も良く、足取りもしっかりしている。この様子ならば大丈夫だろう。
一体、何の話が有って呼び出されたのか。菫にはあの男――、ジークハルトの目的が読めずにいた。現状では、未だどちらが聖女かはっきり分かっていない状態だ。判別が出来る兄が帰って来たのだろうか。けれど、もしそうだとすれば呼ばれた先が食事室というのは些か不自然だ。それこそ初日のように、謁見の間なり、衆目の前で鑑定が行われるはずだ。ならば、一体なぜ。
「スミレ・ホヅミ様とアイリ・カンザキ様をお連れしました」
「入れ」
騎士の一人が扉を叩き、室内へと声をかける。間もなく返って来た声を聞いて、騎士が静かに扉を開けた。室内の光景に、菫は微かに息を飲む。
室内にいたのは、ジークハルトただ一人だった。もちろん、護衛であろう騎士や、給仕を行う侍女の姿はある。だが、そこに宰相や大臣たちの姿はない。まさか本当に、ただの私的な呼び出しだとでも言うのだろうか。
「好きな場所に掛けてくれ。食事を始めよう」
促されるまま、菫はジークハルトと少し距離を置いた場所へと腰を下ろす。当然、愛莉もその隣に腰を下ろし、給仕のために近付こうとした侍女を、無言のリリアンナが制した。
「お二方の給仕はわたくしが行います」
どうやら、リリアンナはここでも菫と愛莉の世話を焼くつもりらしい。正直に言えば、見知らぬ侍女にされるよりはよほどありがたかった。
「話には聞いていたが、本当に侍女をしているのか」
「それが何か?」
その光景を見て、ジークハルトが意外そうに言葉を零した。リリアンナは、菫や愛莉の前では見せたことのないような、冷ややかな眼差しをジークハルトへ向けている。
「全てを遠ざけていたお前が、随分変わったものだな」
「スミレ様もアイリ様もとてもお優しい方ですもの、大変充実しておりますわ」
「……そうか」
王族の血を引く二人の会話が途切れ、それを機に食事が始まった。
運ばれてくる料理はどれも見目がよく、料理人が趣向を凝らしたことが伺える。手間暇をかけて仕込まれたのだろう。どれも、まずくはない。だが、如何せん、現代日本の料理に慣れた舌にはどうしても物足りなく感じてしまう。
黙々と運ばれてきたものを口に入れる作業のような時間が続く。ジークハルトも愛莉も、何かを話そうとすることはなく、他に発言出来そうな立場であるリリアンナと言えば、嬉々として菫と愛莉の傍に控え、他の侍女が入る隙のない給仕の腕を惜しみなく披露していた。
誰も口を開かない空間で、時折、食器を動かす音だけが響く。和やかとは程遠い雰囲気に、菫はこの会食の失敗を悟った。
「――体調が戻ったそうだな」
食事を終え幾ばくか。沈黙を破り、先に口を開いたのはジークハルトの方だった。
だが、話を振られた愛莉は口を開かない。彼女らしからぬ表情で、無言で、じっとジークハルトの方を見つめている。ジークハルトの容貌に見惚れているだとか、浮ついた雰囲気もない。どちらかと言えば愛莉の眼差しは険しく、睨んでいるとすら思われかねない表情をしていた。
「……元気そうで何よりだ。今日呼び出した件だが、大神官が戻るまでまだ時間がかかる。その間、好きに過ごして構わない。しかし、」
そんな愛莉の様子を知ってか知らずか、返事がないことを気にする素振りもなく、ジークハルトは続ける。
「私たち、いつ帰れるんですか?」
それを遮り、淡々と、しかし声色に険を含ませ愛莉が口を開いた。
「まだ聖女がどちらかも判明していない。帰る方法だが――」
ジークハルトが言葉を濁す。
「その聖女とかいうのは、仕事を終えたら帰れるんですか?……もしかして、帰る方法がないとか言いませんよねぇ?」
普段の愛莉からは考えられないほどキツい物言いに、菫は止めようとした言葉を飲み込んだ。元気なように見えて、この状況は愛莉にとって、やはり相当な負担だったのだ。
「私たちがいた場所では、本人の同意なくどこかへ連れて行くのは犯罪なんですけど、ここでは違うんですかぁ?」
先程とは打って変わってにこやかな笑みすら浮かべて吐き出される毒を含ませた言葉に、周りで控えている騎士たちが呆気に取られているのが分かる。
「謝罪もなければろくに事情の説明もない。その癖見張りだけはつけるって、人としてどうかと思うんです」
「それは━━」
口を開きかけたジークハルトを無視して愛莉は椅子から立ち上がり、事の成行きを見て、呆気に取られたままの菫の手を取った。されるがままに立ち上がり、手を引かれ、扉に向かって歩き出す。その後ろにリリアンナが続く。愛莉に背を押され、先に廊下へ押し出される。その後ろで、愛莉がふと足を止めた。
「ええと。こういう時は何て言うんでしたっけ。あぁ、そうそう」
「神埼さん?……?」
愛莉が独り言のように呟いて振り返る。前にいる菫の耳をしっかりと塞いで、未だ呆けているジークハルトたちへ向けて愛らしい笑顔を向けた。
「一昨日来やがれ、 」
状況について行けない菫を置いて、ぱたん、と背後で扉の閉まる音がした。
閲覧ありがとうございます。
ところで、皆様が思う三角関係とはどういうものでしょうか。
作者は【A→B→←C】のように、一方的でも人間が三人いて矢印が伸びていれば三角関係だと思っていたのですが、友人から「当事者の意にそぐわない一方的な矢印はただの迷惑行為では?」と指摘され確かに…と考えさせられました。もしかしたら作者の考える三角関係と皆様の考える三角関係の認識に齟齬があるかもしれないと思い、三角関係のタグは外しました。
ネタバレをしない程度に作品の要素を現すというのは、なかなか難しいですね…
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ここまで読んでいただきありがとうございました。次回【後輩の秘密】更新をお待ちください。




