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10.回復と招待

総合評価10000pt突破、ありがとうございます。

「ご心配おかけしましたっ!」


 会社で残業中、別の世界に飛ばされてから一週間。魔力熱に魘されていた愛莉の体調も徐々に回復し、今日無事床払いすることが出来た。この一週間、食事を作る時以外はほぼ部屋に引きこもり、外部との接触を断っていたため、菫自身、幾分か落ち着きを取り戻したように思う。


 ジークハルトとも、あれ以来会っていない。あの時、ジークハルトはまた来るなどと言っていたが、やはり王としての政務が忙しいのだろう。リリアンナに、愛莉が回復するまでは出来る限り顔を合わせたくないと頼んだこともあり、気を回してくれたのか、あの日から今日まで遭遇することなく過ごせていた。


 リリアンナに話を聞いたところ、リリアンナの実家はやはり公爵家で、リリアンナは嫡女であるという。けれどリリアンナ自身は魔法の才覚が高いこともあり、殆どを隣国で過ごしていたのだとか。

 この一週間で、彼女ともかなり打ち解けた。彼女は知識に富んでいて、どんな話題を振ってもきちんと返ってくる。この世界のことを知りたいという体で、色々な質問を投げ掛けてみたが、どれもきちんと答えてくれた。リリアンナの話を聞く限り、やはり、この世界はヴィオレッタが生きた世界で間違いないらしい。だが、どうやら時間の流れが違うらしく、ヴィオレッタが死んだ年から、六年しか経っていなかった。


 ただ、肝心の聖女についての話だけは聞くことが出来なかった。何か資料があれば読ませてほしいと頼んでみても、神殿であればもしかしたら残っているかもしれませんが、と言葉を濁されるばかり。


 ヴィオレッタが知る限り、神殿に比べて量に差はあったが、王宮の書庫にも聖女に関する蔵書はあったはずだ。ヴィオレッタが死んでからの六年間で、変化があったと言われればそれまでなのだが。やはり、拭いきれない違和感がある。


 しかし現在、この国がどうなっているのか分からないまま出歩けば、何が起きるか分からない。それこそ、見知らぬ貴族の良からぬ思惑に巻き込まれる可能性もゼロではないのだ。それを考えると、現時点では大人しくしている以外の選択肢がなかった。


「っせんぱい!!」

「神埼さん?どうしたの」


 今後のことについて少し頭を悩ませていると、顔を洗いに行っていた愛莉が慌てた様子で飛び出してきた。


「わたしの目っ、何色に見えますか!?」

「目?何色って、確か……」


 これ!と、自分の目を指差して主張する愛莉に釣られ、じっとその目を覗き込む。普段あまり意識はしていないが、愛莉は綺麗なヘーゼルアイを持っていた。色素の薄い髪色も相俟って、本人の愛らしい顔立ちを際立たせている。曾祖母が南欧系の人種らしく、髪も目も地の色なのだと、課長に絡まれているのを仲裁した時に話してくれたのを覚えている。その愛莉の目が、美しくも儚い曙色に染まっていた。


「……これ、どうして……」

「わたしも、さっき、鏡を見た時に気付いて……」


 朝焼けを思わせる、柔らかな色。それは確かに、今までになかったものだ。この一週間、ほとんど愛莉から離れず傍にいた。菫が部屋を出たのは、食事の用意をする時だけだ。その時に、何かあったのだろうか。考えてみても、現段階で己や愛莉に何かを仕掛けてくるメリットが思いつかない。


「……?」


 なにかが記憶に引っ掛かったような気がして、菫は眉を潜めた。どこかで、この曙色を見たことがあるような。でも、それが一体いつどこでだか思い出すことが出来なかった。外部からの影響ではないとしたら、やはり魔力が関係するのだろうか。


「……せんぱい、せんぱいも、目……目が……」

「え?……!」


 考え込んでいる菫を見て、愛莉が唇を震わせる。愛莉が自らの変化に気付いた時よりも動揺しているように見えるのは気のせいだろうか。愛莉の言葉で、菫は己にも何か異変が現れたことを悟った。鏡を見に行くと、いつもと変わらぬ自分が写っているように見える。だが、くまなく異変を探そうとして、気付く。愛莉よりも変化が分かりづらいものの。己の目が、黒目から紫色の目へと変化を遂げていた。


 これでは、まるで――……


「せんぱい、大丈夫ですか?顔色が……」

「大丈夫よ。……ありがとう、神埼さん」


 そっと手を握られて、菫は我に返った。

 繋がった手の平から伝わる柔らかな感触と温かな温もりが、菫に一人ではないことを実感させる。自分は一人じゃない。それは菫にとって、このどうしようもない現状の中にある、唯一の救いだった。


「今日はどうしようか」


 手を握ったまま、これからの予定を考える。人肌が与える安心感というものを、こんなところで実感するようになるとは思わなかった。どちらともなく目が合って、お互い照れたように笑い合う。恥ずかしさを誤魔化し、意見を求めて話題を振れば、空いている手をパッと上げて愛莉が口を開いた。


「はぁい!調べものがしたいです!それに、ここが本当に違う世界なのか、外の様子も知りたいし……」

「そうね……リリーに頼んでみましょうか」

「リリーちゃんが一緒なら心強いです」


 身体を蝕んでいた熱も引き、外に出てみたいという気持ちもあるのだろう。それに加え、愛莉からしてみれば壮大なドッキリという線も捨てきれていないらしい。菫自身、取り巻く環境がどうなっているのかずっと気になっていた。愛莉が回復した今、リリアンナに頼めば人目を盗んでの外出も可能なはずだ。


「失礼いたします。……おはようございます、スミレ様、アイリ様」


 控えめなノックの音と共に扉の向こうから入室を求める声がした。許可を出せば扉が押し開き、丁度話題に上がったリリアンナが姿を現した。


「おはよ〜、リリーちゃん。どうしたの?今日はちょっと遅かったね?」


 互いに挨拶を済ませると、愛莉が不思議そうにリリアンナに問いかける。けして責めるような口調ではなく、心配を滲ませた声色に、リリアンナが謝罪と共に軽く頭を下げた。


「私達にずっと付いてくれているでしょう?大丈夫?体調が悪いなら、他の人でも……」

「いえ!わたくしのことでしたら、心配無用ですわ」


 リリアンナが頼りになるため忘れがちだが、彼女は菫や愛莉よりも年若い少女である。ジークハルトの一件以来、毎日部屋に訪れては何くれとなく世話を焼いてくれた。もちろん侍女の仕事と言えばそうなのだが、二人の世話を一手に担っている現状は、働きすぎを心配せずにはいられない状態でもある。


 ちらりと、どこか心配そうに己を伺うリリアンナと目が合った。その眼差しに含む意味が分からず、菫は僅かに首を傾げる。


「急なことで申し訳ありません。……陛下が、ご朝食を共に、と仰っております」


 リリアンナからもたらされた突然の招待に、菫と愛莉は互いに顔を見合わせた。

閲覧ありがとうございます。

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