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閑話―ある侍女の追想(1)

リリアンナ視点の話です。思った以上に長くなってしまったので分割します。

 リリアンナ・リュヌ・フクストラには、忘れられない思い出がある。


 この国の第一王女を母に、隣国の第三皇子を父に持つリリアンナは、貴族の中でも特別な血筋を持つ令嬢だった。隣国の皇子が婿入り、しかも王族入りするのではなく臣籍降下という形で新たな家を興すことにはひと悶着あったらしいが、それもリリアンナが生まれる前の話だ。


 リリアンナが物心つく頃には、仲睦まじい両親と、優しい使用人たちに囲まれた、温かな家庭だった。肩書こそ仰々しく、その血筋故にリリアンナの持つ影響力は計り知れないものがあったが、それらを含めてもリリアンナの時は穏やかに、幸せに過ぎていった。


 リリアンナは健やかに育ち、五歳を迎えた。その頃、フクストラ家には待望の男児――リリアンナの弟――が生まれ、毎日がお祭り騒ぎ状態だった。この国では、五歳になると神殿で魔力鑑定が行われる。伯爵以上の爵位を持つ貴族の子息・令嬢たちは、王都にあるこの大陸内でも随一の規模を誇る、シュテルリヒト神殿で鑑定を受けることを義務付けられていた。


 リリアンナも、両親と、一歳になったばかりの弟と共に領地から王都へと向かう馬車に乗り込んだ。


「シュテルリヒトには、今、聖女様が滞在していらっしゃるそうだよ」


 王都にあるタウンハウスで一泊し、鑑定を受ける当日の朝。その朝食の席で、いつもと変わらぬ他愛ない会話の最中、父が何気ない様子でリリアンナにそう告げた。


 聖女様。この国の興りが、魔王を倒した勇者様とそれを支えた聖女様の手に寄るものだという話は有名だ。貴賤を問わず、子どもたちは親から寝物語にその話を聞かされる。それはリリアンナも例外でなく、母が語る勇者と聖女の冒険譚は幼いリリアンナを夢中にさせるには十分な魅力を持っていた。


 当代の聖女様は、まだ若い身でありながらに勤勉で信心深く、きらめくような光の魔力をその身に宿しているという。このまま成長すれば、初代様に次ぐ力を持つことも夢ではないと言われるほど素晴らしい方なのだとか。


 聖女様は普段、王国各地にある神殿を巡り、神々への祈りを捧げ、救いを求める者に癒やしを与え回っている。一ヶ所に長期間留まることは滅多になく、神殿に行っても必ず会えるとは限らない。そんな聖女様がこれから向かう神殿にいると聞いて、リリアンナは舞い上がった。


 どんなお話を聞かせてくれるかしら。どんなものがお好きかしら。


 この時点で、リリアンナのなかで聖女と顔を合わせることは決定事項となっていた。二つの王族の血を引く特別な公爵令嬢。つい先年まで一人娘だったリリアンナは、両親からの愛を目一杯受け、大切に守られ、愛されて過ごしてきた。その立場から、望めばなんでも手に入れることができ、誰もリリアンナの望みを否定したことがなかったのだ。今振り返れば赤面ものだが、当時のリリアンナは幼いが故に無邪気で、傲慢な子供だった。


 せっかくだもの。聖女様に贈り物がしたいわ。でも、準備をする時間が……。そうだわ、お花はどうかしら。お庭に綺麗な花がたくさん咲いているもの、聖女様もきっと喜ぶわ!


 弟にかかりきりの母と、鑑定式に向かう準備をしている父の目を盗んで、リリアンナは庭に出た。今代の聖女様は絹のようなプラチナブロンドと、アメジストのようなバイオレットアイの美しい方だと母が言っていた。まだ見ぬ聖女様に相応しい花を一生懸命探して、リリアンナは一輪の花を摘み取り、ふわふわしたドレスの袖に隠し持った。


 平時であれば、両親か、使用人か、誰かしらがリリアンナの様子に気付いたかもしれない。だがこの時は、一歳になったばかりの弟に皆がかかりきりで、幸か不幸か落ち着きのないリリアンナの様子に気付く者はいなかった。かくして、リリアンナと家族を乗せた馬車は、小一時間ほどで神殿へと辿り着く。年に一度の鑑定式ということもあり、神殿は多くの人で賑わっていた。伯爵以上の貴族と定められていても、それなりに数がいる。


 馬車から降りると父や母はあっという間に人に囲まれた。非公式の場であるものの、二つの王族の血を継ぐ男児の誕生を祝うため、入れ替わり立ち代わりたくさんの大人たちが両親と、母の腕に抱かれている弟の周囲に集まったのだ。


 けしてリリアンナが放置されていたわけではない。傍には執事がいたし、一歩離れた場所には護衛の騎士もいた。大人たちも、それに連れられた子供たちも、鑑定式に訪れたリリアンナに挨拶をしていく。けれどそのどれもがおざなりな、形だけのものばかり。

 皆の興味が弟にあることを察し、リリアンナは憂鬱な気持ちになった。今日の主役は自分であるはずなのに、どうして自分がこんなにも蔑ろにされるのか。不満が膨れ上がりかけたその時、騒がしかった空間が、一瞬で静まり返った。


 ――聖女様。

 誰かの呟いた声が、沈黙が続くその場所でよく響いた。


 皆の視線の先を追えば、そこにはまるで、神話に出てくる女神様のように美しい人がいた。

 太陽の光に当たってきらめくプラチナブロンド、肌は磁器のように白く滑らかで、傷一つない。金で縁取られた衣装が華奢な身体によく映えていた。その美しさに見惚れて息を飲む。けれど聖女の瞳は、この場所を、リリアンナのことを映していないような気がして。リリアンナはいてもたってもいられず、聖女の前に飛び出した。


「聖女様!これ、差し上げます!」


 普段であればもっとうまく言葉を選べたかもしれない。けれどその時のリリアンナは、聖女の気を引こうと必死だった。


 リリアンナが袖から取り出したのは、小さな紫色の花だった。タウンハウスの隅に咲いていた、名前も知らない野花。けれどその花の色が伝え聞く聖女の色のように思えて、リリアンナは迷いなくそれを選び取った。


 リリアンナが取り出したそれを見て、どこからか小さく噴き出すような音がした。くすくす、くすくす、と周りから笑い声が聞こえる。リリアンナは最初、それが自分に向けられた失笑だと気付くことが出来なかった。

 聖女は驚いたのか、キョトンとした顔をしてリリアンナを見つめている。ようやくその目に自分が映ったような気がして、リリアンナは更にその花を聖女に向けて押し出した。


 聖女が口を開こうとしたその時、誰かがリリアンナの肩を強く掴んだ。驚いて振り返ると、父が見たこともないような顔をしてリリアンナの肩を掴んでいた。どうして父がそんな顔をしているのか、リリアンナには理解出来なかった。


 聞いたことのない固い声で謝罪を紡ぎ、父が聖女様に頭を下げる。それを見て、リリアンナは自分が何かいけないことをしてしまったのだと気が付いた。――怒られる。初めて感じる恐怖に身を竦ませ、俯く。けれどそうはならなかった。リリアンナの前に、聖女様が膝をついたのだ。


「わたくしにくださるの?嬉しいわ。もしよければそのお花、わたくしの髪に飾ってくださいますか?」


 そう言って、聖女はリリアンナの目の前に、自分の頭を差し出したのだ。それを見て、周囲が別の意味でざわめき出す。緊張でろくな返事も出来ず、促されるまま小さな花を艶々した髪に差し込めば、顔を上げた聖女様と目が合った。


「ありがとうございます、小さなレディ。あなたに光の祝福がありますように」


 柔らかく微笑んだ聖女が優しくリリアンナの手を握り、祝福の言葉を紡ぐ。するとリリアンナの身体がオパールのように煌めく温かな光に包まれた。それはほんの一瞬の出来事で、祝福と共に神への祈りを捧げた聖女は、最後にそっとリリアンナの頬を撫でて去っていった。

 これが、聖女、ヴィオレッタ・クリフォードとの出会いだった。

閲覧ありがとうございます。

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ここまで読んでいただきありがとうございました。次回更新までお待ちください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです。続きが気になります。 [一言] 失笑は思わず笑ってしまうことなので、侮蔑の意味を込めるなら苦笑の方が良いかもしれません(的外れな指摘でしたら申し訳ありません)。
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