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グリーンライフ

二カ月間、読書とジョジョのアニメ鑑賞をして過ごした。

そろそろいいだろう。

十分休んだ。

ぼっち大学生はスーツを再び身にまとった。

入管の面接から二カ月くらい就活を休んだ。好きなことをして毎日を過ごしていた。そろそろ就活してみようかなと思えた10月、マイナビ主催の合同説明会に行ってみた。そこで、グリーンライフという企業のブースにふらっと立ち寄って、業務説明をしてもらった。介護職だ。

 そして、施設見学に行くことになった。なんとなくだ。ここで働きたいと思ったわけではなく、本当になんとなくだ。

 合説の一週間後に施設見学に赴いた。訪問予定の施設は、野芥という、福岡市のなかでも田舎のほうにある。野芥なのに、地下鉄の最寄駅は梅林だ。

 約束は13時から。余裕をもって到着したかったので、少し早めに家を出たら12時に梅林駅に着いてしまった。ちょうどお昼だし、ランチにしようかな。

 駅周辺にはセブンイレブンしかない。それでも何もないよりはましだ。梅林で人気のお店が近くにあればよかったんだけど。しかたがない。セブンのパンで我慢しよう。

 セブンの近くにとても小さな公園がある。砂場と木製のベンチしかない。ベンチには、食べ終わった後のカップラーメンが置かれていた。まだ湯気がのぼっている。ごみは持ち帰ってほしい。ここはみんなの公園だ。私有地ではない。

 食事がすんだところで、そろそろ出発しようと思い、重い腰を上げて歩き出した。田舎だ。駅から離れるにつれて、だんだん田舎町の雰囲気が強くなってきた。畑と田んぼがある。畑では何を栽培しているんだろう。

 畑や田んぼに囲まれた道を10分ほど歩くと、田舎町の雰囲気が弱まった。坂を登ったところは、大きな建物や住宅が密集していた。しかも、建物のほとんどは老人ホームなど、高齢者関係の施設だ。野芥は高齢者が多い町なんだろうか。

 老人ホームにはいくつかの種類がある。私が今回訪問するのは介護付き有料老人ホームだ。どんなところなんだろう。これまでに、老人ホームを訪れたことがない。未知の領域に足を踏み入れるのはこわい。

 深呼吸しながら前に進む。受付で用件を伝えると、スーツを着た女性が現れた。この人はEさん。最終面接でもお世話になる。彼女に、小さな部屋まで案内された。

 「今、唇にニキビができているのでマスクをしています」

 業務説明の前に、雑談をしたのだが、その時に教えてくれた。女性はニキビが気になるよね。男性もだけど、それ以上だろう。

 「失恋してつらいときも、入居者の方にお会いすると元気をもらえました」

 Eさんは強いな。人と会うだけで、失恋を乗り越えられるだけの元気を取り戻すんだから。

 その後、施設や仕事についていろいろと話を聞かせてもらった。高齢者だけでなく、若い人も入居を受け入れたことがあるそうだ。これについて詳しく書くのはやめておこう。

 ホーム内も見学した。入居者の方は高齢だったけど、一様に元気だった。ちゃんと自立している。

 談話室のような広い空間には、掲示板があって、いろんなものが貼られていた。そのなかに懐かしいものがあった。時間割だ。

 「このホーム独自の取り組みで、大人の学校というのをやっているんです」

 おもしろいな。このホーム独自ということは、ほかのホームでは実施されていないということか。それはつまり、このホームの職員が企画し、導入したということだ。クリエイティブな仕事ができそうだ。

 見学後は面接だ。面接というよりも面談だったな。面接が終わると、雨が降り出したので梅林まで車で送ってもらった。その際、結婚していて、子供がいることを教えてくれた。家族かあ。羨ましいなあ。温かい家族に、ついつい憧れてしまう。これも育った環境のせいか。

 バスターミナルに行く前に、ちょっと寄り道。天神地下街にあるアップルパイ専門店のことが、二カ月前から気になっていたのだ。一つ500円くらい。アップルパイにしては高すぎる値段だけど、就活を再開した自分へのご褒美ということで。

 バスのなかで食べた。おいしい。よく行くパン屋さんのアップルパイとは比べものにならないくらいおいしい。どうしてこんなにおいしいんだろう。

 この日は、授業があったので大学まで戻った。別に受講する必要はないんだけど、その先生の授業がおもしろすぎて、ついつい受講してしまった。これでその先生の授業はコンプリートだ。

 本館の小さな入り口から入った。その際、普段お世話になっているスクールカウンセラーと一瞬目が合った。「今日もお仕事お疲れさまでした」という言葉を伝えたかったけど、できなかった。気づかないふりをして、足早に教室まで逃げるように立ち去った。あの人は自分の挨拶なんか求めていないんじゃないか。そう思った。

 一週間後、Eさんから電話があった。合格。最終面接の場所は改めて電話するといっていたが、なかなか来ない。このことを私を担当するキャリアカウンセラーに伝えた。

 「そういう場合は、待つのではなく、自分から動いたほうがいいですよ」

 そんなことはいわれなくてもわかっている。わかっていても、電話するのがこわいんだ。しばらく机をみつめたまま沈黙した。5分くらい経って、勇気を出して伝えた。

 「電話するべきなのはわかっています。でもこわいんです。しなきゃいけないのはわかる、でもこわくてできない。さっき、電話をしたほうがいいといわれて、自分のことを否定されたような気がして、落ち込んで、話しにくくなりました」

 「そうだったんですか?申し訳ないです」

 顔を歪めて、悲しそうな表情をしている。別に責めているわけではないのに、罪悪感を感じて謝ってくれたんだな。優しくて、思慮深いんだな。私の両親も、この人みたいだったらよかったな。

 翌日、声が震えながら、勇気を出して電話した。どうやら、Eさんは連絡するのを忘れていたようだ。電話してよかったぜ。

 場所は博多駅のクラウンホテル。約束の時間は11時。ラウンジで面接するそうだ。これは初めての経験だ。ラウンジはオープンな空間だから、リラックスできそうだ。

 Eさんと男性の役員がいた。最終面接は役員一人で行うと聞いていたが、Eさんが付き添いとしてそばにいてくれた。

 豪華な椅子に座ると、役員の方は私に何か飲まないかと尋ねた。「お二人と同じものを」と頼むと、一杯千円のコーヒーが運ばれてきた。一杯千円?嘘でしょ?

 Eさんは、コーヒーカップのとっての穴に指を通して飲んでいる。実は、それはマナー違反なのだ。正しい持ち方は、コーヒーカップのとってを、親指、人さし指、中指で挟むというものだ。私は『岸辺露伴は動かない』を読了していたので、このことを知っていた。Eさん、マナー違反したから魂奪われちゃいますよ。

 「Eがご連絡するのを忘れてしまい、申し訳ありません」

 役員の方に頭を下げられるなんて、恐れ多い。

 「とんでもない、私も確認の連絡が遅くなって申し訳ありません。実は電話が苦手で、声が震えてしまうんです」

 一言多かったな。

 「でも、あなたは、苦手なことに挑戦したんでしょう?しかも、自分の苦手なことを人に打ち明けるって、すごい勇気がいることじゃないですか」

 カウンセリングを受けているみたいだ。さらに役員のおじさんは話を続ける。

 「Eのミスに対して指導はしました。けれど、人は大切なことも忘れやすいんですよ。むしろ憶えているほうがすごいんです」

 ミスが許される会社なんだな。そして、自分の弱さをさらけ出しても、攻撃されることはなく、むしろ受け入れてくれるんだな。いい会社じゃあないか。ここでなら、私でも働いていけるかもしれない。そう思った。

 12月某日。グリーンライフから最終面接の結果を伝える書類が届いた。合格。内定獲得だ。これで、長い長い就活が終わった。次は終活かな。


長い就活もこれで終わりです。

当初は公務員を志望していましたから、勉強期間を含めると一年半は活動をしていましたね。

つらいときは何もしなくてもいい。

そんなときに動いても、余計に心が傷つくだけだから。

就活は、すぐ終わる人もいればそうでない人もいる。

なかなか終わらないからと言って、その人が無能とか、そんなことはないです。

わかりにくいだけなんです。

分かりやすい人のほうが、社会ではうまくやっていける。それだけです。

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